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July 04, 2010

『シリーズ 中国近現代史 1 清朝と近代世界 19世紀』#4

 19世紀に入って四億を超えた人口は、戦乱による死者や生活基盤の破壊によって減少に転じたそうです(p.150)。また、経済を支えていた生糸も日本製に押されますが、富岡製糸場にも携わったフランス人技師ブリュナを上海で雇うなど、挽回を図ります。1848年のアメリカ、1851年のオーストラリアでのゴールドラッシュは貨幣の流通量を増やし、余った銀はアジア貿易に使われます。貿易を担った商社は中国では「洋行」と呼ばれ、日本でも活躍するジャーデン・マセソンなども経営を拡大、多角化していきます。そして、中国社会との接点となる現地採用の職員は買辨と呼ばれ、やがて李鴻章などを支えるようになります。

 さらに、ここで地域社会の再編という問題も起きます。清朝では、地方官は自分の出身地以外のところに任官され、しかも数年で転勤させられていたため、無難に勤め上げることが優先されるようになったといいます(p.173)。これって、いまの日本における官僚制度の問題とほとんど同じです。つまり、二年ごとに課長補佐、課長、部長級、局長級と変わりまくるので、本当に優秀な一握り以外のテクノクラートが育たない、みたいな。

 中国でも太平天国の乱を鎮めることのできなかった清の中央軍に対して、地元の士紳が立ち上がります。
 
 ここらへんのところは『中国思想史』溝口雄三、池田知久、小島毅、東京大学出版会、2007でも触れられていて、とても興味がひかれたのですが、ぜひ、あわせて読んでみてください。

 以下は『中国思想史』の感想から…。

 明末清初期(第三の変動期)には、朱子学の民衆化や陽明学の興りに見られるように、士紳と呼ばれる層が民衆のリーダーとして地方の社会秩序を主体的に担いはじめ、近世から近代への扉を押し開いた。この士民の力がやがて清代を通じて上昇し、嘉慶年間以降は民衆反乱に対する自衛武力組織が充実し、太平天国期における「地方による地方のための軍隊」すなわち湘軍の建立を契機の一つとして、ついに省の独立をもたらし、辛亥革命(第四の変動期)として王朝体制そのものを瓦解させたのである。この清末民国期の変革はのち1949年の建国革命によって新しい中央集権的な建国へ引きつがれた》(i-ii頁)というところでしょうが、抜群に面白かったのが溝口雄三先生が担当した三章、四章。

 《明代の里甲制という徴税のための行政システムが村落のすみずみまで》設けられたのですが、《明末になると田土の所有関係など経済関係の激動化 (均分相続制と人口増加、貨幣経済の進展などにもとづく)にともない、都市や郷村で》《郷紳と呼ばれる、官僚経験のある地方エリートを中心とした富民の発言力が増大》(pp.145-)、太平天国の乱に対して鎮圧できなかった清王朝の軍を助けたのは李鴻章などの淮軍や湘軍だった、と。

 こうした"郷里空間"は鉄道を敷くほどの経済力を持つほどになり、辛亥革命はこうした地方鉄道を国有化したうえで担保となし、さらに鉄道建設を進めようとした清朝政府に対する反乱として起こり、やがて1911年11月下旬には24省中14省が清朝から独立するという経過を辿ります(p.215)。

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