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June 19, 2010

『坂東玉三郎 歌舞伎座立女形への道』

Tamasaburo_nakagawa

『坂東玉三郎 歌舞伎座立女形への道』中川右介、幻冬舎新書

 最近は、こうした本が多くなってきているように思います。まだ生きて活躍している人に関する評論なのに、その本人へのアプローチがないまま上梓されるという。

 サッカーでいえば、内田篤人に関する『夢をかなえる能力』のように、巷にあふれている情報を元に、本人にインタビューすることなく書かれる人物評。スポーツ選手や芸能人の人たちも、いまやイメージコントロールが重要だから、内容チェックまで口出しするのかもしれませんが、インタビューにトライぐらいするとか、最終的にはボツにするにせよ接触を持つことは重要だと思うのですよね。そこらあたりは、もしかして、もう倫理的に崩壊しているのかもしれないけど、書き手として少し問題ではないかな、と思います。

 まあ、理想をいえば、ウッチーにしても玉さまにしても、客商売をやっているんだから、多少気にくわないことが書かれていても一言ぐらい挨拶した方が、鷹揚でいい感じだとは思うんですが、なんか、そっちも寂しい感じがしますね。

 しかし、こうした本があふれ出すようなことになれば、「どうせ書かれるんだったら、出ましょう」という風に最終的になっていくのかもしれませんし、個人的には『内田篤人 夢をかなえる能力』も『板東玉三郎 歌舞伎座立女形への道』も、長い目でみた意義としては、それだけなのかもしれません。

 中川さんが「はじめに」で書いているように、こうした体裁ならば《すでに玉三郎と同じ時代に生きる幸福を味わっている方にとっては、周知の事実しか書かれていないかもしれない。そういう方には、懐かしみながら読んでいただければ、ありがたい》とへりくだるしかありません。

 個人的には国立劇場が玉三郎さんを積極的に売り出しにかかった時、その中心人物となった伊藤信夫さんは、小林一三さんを師匠にしていて、タカラヅカと東宝を生んだ小林さんから《俳優があって企画があるのであって、企画があって俳優があるのではない》という意味のことをまず教えられたというあたりは、 小池一夫さんのキャラクター原論に通じるものがあるな、と感じました(p.47)。

 でも、まあ、正直に言えば、読んでいる間は楽しかったですよ。同じ幻冬舎新書の『十一代目團十郎と六代目歌右衛門 悲劇の「神」と孤高の「女帝」』の続編みたいな感じで、歌右衛門さんと玉三郎さんを軸とした近現代の歌舞伎史が見えてきます。

 そういえば、義理の父である守田勘弥も歌右衛門さんとはただならぬ関係があったようで、勘弥が水谷八重子と結婚したことに絶望して、歌右衛門さんは使用人と駆け落ちしたりしたんですよね(p.107-)。

 その後、玉三郎さんは新派にも積極的に客演し、一時は花柳章太郎を襲名するんじゃないかともいわれていたそうですが、結局、歌舞伎に還ってきて、杉村春子さんの当たり役だった『ふるあめりかに袖はぬらさじ』を歌舞伎座で歌舞伎として上演することなるというのは、なんか、すごい話だな、と感じました。

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