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June 26, 2010

『シリーズ 中国近現代史 1 清朝と近代世界 19世紀』#2

 最終的に清朝が諸外国から食い物状態にされたのは第二次アヘン戦争の敗北ですが、その後、外国語の能力を持った官員の養成を進めるようになります(p.99)。徳川幕府もそうですが、遅きに失した対策でも、長い目でみれば後に役立ってくる、という感じでしょうか。

 同時に、ここら辺から日本の存在も浮上してきます。

 1866年に総理衞部門のエキ訴が書いた文章が面白い(p.100-)。

 曰く、日本はイギリスの言葉を学んで数理を理解させ、いつか模倣して汽船をつくろうとしている、と。日本のような小国ですら発憤しているのに、中国だけ因循積習にとらわれているのは恥だ、と。こうした動きが李鴻章の兵器生産を通じての民生部門の工業化、という方向を生み出し、『万国公法』などの翻訳も進められていきます(p.104)。

 1862年に幕府が清との貿易交渉のために上海に千歳丸を派遣し、そこに同乗していた高杉晋作が、すでに上海は英仏の属地になっており、軍備は西洋に劣っているという観察を行ったことは有名ですが、明治維新後、日本の外務省は1870年に清朝と貿易交渉を行います。清朝では曾国藩がどのように対応するかについて、これまた面白いことを書いてます。

 曾国藩曰く、元のフビライが10万の軍で攻めたのに1隻も帰らなかっただけでなく、明時代には倭寇で大きな被害を受けた。日本は中国を恐れる心を持っていない。朝鮮、琉球、越南のような臣属の国とは違う、と(p.114-)。

 ここで、琉球を臣属の国と考えていたというのには、改めて驚くとともに、これが日清戦争につながっていきます。

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