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May 21, 2010

『 ハイデッガー カッセル講演』#3

 ハイデッガーのカッセル講演は以下のような構成で行われました。

予告
第一回 序論-この連続講義のテーマと論じ方と構成
第二回 デュルタイの生涯と著作
第三回 デュルタイの問題設定-歴史の意味についての問い
第四回 同時代の哲学に及ぼした影響/デュルタイの問題設定の限界/現象学のなかに再受容する可能性
第五回 現象学の本質と諸目標
第六回 歴史性の意味についての現象学的な問いは人間の存在についての問いである
第七回 人間の根本規定としての時間(1)
第八回 人間の根本規定としての時間(2)
第九回 歴史の規定としての時間
第十回 歴史的存在の本質/デュルタイに立ち戻る

 これまでは六回目までのことを書いていたのですが、七回と八回がいいんですよ。
 
 七回目から長く引用します(pp.94-95)。
 

 現存在は経過ではありませんし、死はその経過のあとでたまたま起こることではまったくありません。死は、人間の前に差し迫っている事柄、生自身が知っている事柄です。もちろんこれで死を定義したことにはなりません。多くのものが私に差し迫っていますから。しかしそこには違いがあるのです!ある事件〔例えば交通事故や地震〕が私に差し迫っているとすれば、それは私を襲う出来事、世界から私にやってくる出来事です。ところが、死はどこかから私にふりかかるのではなく、私自身がそれである〔存在する〕何ものかです。私はみずから、私の死の可能性である〔私の死の可能性を存在する〕のです。死は、私の現存在の極限的な可能性です。したがって、現存在のなかには、現存在に差し迫っているある可能性がふくまれており、現存在の極限的な可能性としてのこの可能性のなかで、人間の現存在そのものが自分に差し迫っているのです。ここで問題になるは、あれこれの気分ではありません。そうではなく、死とは現存在に差し迫っている現存在自身の極限的な可能性であるという自覚にもとづいて、現存在が、自分のおこなうさまざまな運動をひたすら見ることが大切なのです。私は、私が生きているときにこそ、私の死であるのです。ここで重要なのは、種々の死に方を描写することではなく、死を生の可能性として理解することです。

 
 しかし、人間は無関心さを装う中で死を遠ざけている、と。本当は死を思うことによって、他者をも気遣うことが含まれているのに、その可能性を遠ざけている、と。死の確実性と未定性は互いを深めあっており、死は現存在の、未定でありながら確実な極限的な可能性としてみずからを示している、と。そして《キリスト教神学によってはじめて、死の問題は生の意味についての問いにむすびつけられるようになったのです》というあたりも名調子。
 
 八回目は《限界が未定で確実な可能性として差し迫っているということが、人間的生という性格をもって存在するもの〔人間〕を特徴づけています》というおさらいから始まります。
 
 そして、死を耐え抜くということは、死を把握することであり、それはもちろん自殺することではなく、《可能性にむかって先駆する〔自分の前にあるこの可能性にむかって走る〕ということなのです》とまとめてからが、また素晴らしい。
 
 自分が世界から去るということは、世界がもはや何の意味もなくなるということで、配慮的に気遣っていることが無意味になることだ、と。
 
 生物は必ず存在する環境の中で生きていますが、死によって世界をもとに生きることを終わらせることができるようになる、と。
 
 そう把握することで、公共性の中に迷い込んでいる自分を、自分自身が選択することで、連れ戻せる、と。
 
 さらに《私自身の極限的な可能性のなかへと先駆することは、将来を存在すること(Zukunft-Sein)》であり《先駆することによって、みずから私の将来を存在する》ことになり、それは《私は将来において存在するのではなく、私自身の将来を存在する〔将来である〕》のであり、さらに、非があることのなかで自分の過去を存在し、行動することのなかで現在に至るということは《現存在である〔現存在を存在する〕とは時間であること(Zeit-Sein 時間を存在すること)》にほからない、と展開します。
 
 この後、プラトンは『ティオマイオス』で時間とは天であるとしていたが、時間を概念的にとらえることができてないとか、懐中時計によって人間は時間をなくすことさえ許されなくなり、自分がみずから時間として存在することに対する感覚をなくしていく、なんていう話が展開されていきます。

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