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April 24, 2010

『ベネディクト・アンダーソン、グローバリゼーションを語る』

Anderson

『ベネディクト・アンダーソン、グローバリゼーションを語る』梅森直之(編)、光文社新書

 『新・現代歴史学の名著 普遍から多様へ』でやっぱり読んでみようと思ったアンダーソン『想像の共同体』ですが、主要な論点は、もうなんか読んでしまったような感じもしてしまったんで、2005年4月に来日した際に行った早大での講演を収録した本書を選びました。
 
 2005年当時、日米の首脳はブッシュと小泉。共和党と自民党の時代が、もう随分、昔のように感じます。
 
 『想像の共同体』の内容については様々な書評も出ていますが、この本で教えられたのは、グローバル化が進展するとナショナリズムという亡霊がゾンビのように蘇るのですが、実はナショナリズムというのはアナーキズムと左翼運動のネットワークに依拠していた歴史の浅いブリコラージュのような概念ではないか、という見方。

 領土というと神聖にして犯すべからざる対象と考えられ勝ちですが、これは歴史の浅い(つまり時の陶冶を経ていない)ナショナリズムが、より強固にタブーとみなしたからです。クリミア戦争による財政難のため、1867年に中立国だったアメリカに720万ドルで売却したのは1867年。たかだか150年前にすぎません(このほか、アメリカはナポレオンからルイジアナ州を買っています)。1867年というのは大政奉還と同じ年ですが、それまで幕府の鎖国政策は日本古来のものだったと考える人びとが多かったということは、国家という装置が、洋の東西を問わず、そうした幻想を組織化することが巧みだということを表しているのかもしれません。しかし、劣性の感情を揺さぶるナショナリズムは、ネーションの内側に独立を目指すような勢力に存在理由を与えるという反作用も生み出すわけで、痛し痒しということなんでしょうか。 

 アンダーソンの父はアイルランド人で、母はイギリス人。父親はイギリスの税関官吏として中国に赴任していて、十歳までを中国で過ごしました。同じように幼少期を中国で過ごした弟のペリー・アンダーソンは『ニュー・レフト・レビュー』の編集を長年にわたって行っていたマルクス主義の研究者です。ベネディクト・アンダーソンはコーネル大学でインドネシアの研究者となりますが、自身を《様々な意味において、アメリカ帝国主義の産物》と述べています(p.26)。当時、アメリカはアジアを包括的に支配しようとしていましたし、ヨーロッパ勢をアジアから追い出し、それをアメリカの全般的なヘゲモニーに置き換えるというのが第二次大戦後の基本的な戦略だった、と語っています。アメリカ以外では日本も唯一同じことを試みましたが1942年から45年にかけての支配を《維持する能力を持たなかった》という評価はアッサリとしたものです。少しはあるナショナリスティックな感情からは、ちょっと寂しくもありますかねw
 
 ベネディクト・アンダーソンはインドネシアの専門家となりますが(インドネシアというのは地政学的にも東南アジアで最も重要な国だからでしょうか)、大学での研究は人類学、政治学、歴史学、経済学ともすべて比較研究しか許されなかったとしています。こうした学際的な研究が『想像の共同体』に反映されているんでしょうね。ということですが、弟と同じ傾向を密かに持つのか、インドネシアにおけるスハルトによるクーデータで50万人もの左翼系の人びとが虐殺された後、国外退去を命じられ、27年間も入国禁止となったそうです(ちなみにインドネシア共産党=Partai Komunis Indonesia、PKIは物理的に壊滅させられ、現在でも非合法)。インドネシア研究家がインドネシアに入国できないというのは研究手段を半ば奪われたようなものですが、そこからタイとフィリピンへの研究に向かい、やがて『想像の共同体』を生むわけです。
 
 1980年年代までナショナリズムという概念は反動的で遅れたものとみなされていましたが、ヨーロッパの主要国家の中で分離独立の動きが芽生え始め、やがてナショナリズムに関する本が多く書かれるようになったそうです。面白いことに、アンソニー・スミス、ゲルナー、ホブズボームなどはユダヤ人だそうで、やはり彼らにとってナチスに通じるナショナリズムは脅威だったんでしょうね(p.38)。
 
 アンダーソンがナショナリズムに向き合わなければならないと感じたのは中国、ベトナム、カンボジアの間で戦争が発生したからです。《この三国のうちどの国も、みずから標榜しているはずのマルクス主義の概念を用いて戦争を正当化することはありませんでした。そしてわたしは東南アジア研究者として、なぜそんなことが起こりえたのかを考えざるを得ない状況に追い込まれたのです。これらの政府が、かくも恥知らずでいられる理由を》というのはいい感想だな、と思いました(p.40)。インターナショナルな連帯を語ることなく、ナショナリズムをむき出しに戦ったわけですから。
 
 アンダーソンは『想像の共同体』が他の本と違っている点についてスミスを除いてはマルクス主義に精通している研究者がいなかったことと《他の論者がナショナリズムを、政治的イデオロギーとして、もしくはグルナーのように、社会を結びつける糊のようなものとして扱っていたのに対し、わたしは、社会の自律性により多く注目していました。すなわち『想像の共同体』は、ナショナリズムを、一個の文化現象としてとらえようとしたのです。その文化現象が、近代化と、どのような関係に立つのかを解明しようとした》ことをあげています(p.41-)。さらに《小説と新聞と国民の物語にあいだに、基本的な構造的関係が存在する》ことを確信していた、といいます(p.43)。
 
 『日本の近現代史をどう見るか シリーズ 日本近現代史 10』で《日清戦争の報道により日本全国に「戦争熱」が生み出され、ひとつの「戦争」状況に参加することによって一体感が醸し出されました。そして「客分」としての意識しかなかった民衆が、「国民」という意識をもつようになった》(p.60)というあたりが再び気にかかったんですが、こういった問題意識の出所にもなっているんでしょうかね。
 
 さらに、この講演では、アンダーソンが準備している次回作についても自身が語っています。それは1870年から1900年に焦点をあてた本で、フィリピンのナショナリストを中心に、かれらが海をわたってアナーキストたちの連帯に支えられながら互いに影響を与えあうと同時に、孫文などにも強い影響を与えたという内容だそうです。
 
 レベッカ・カーンによると、アヘン戦争から日清戦争の敗北まで中国の知識人たちは自分たちが遅れていると感じてきましたが、さらに事態は深刻化していきます。台湾割譲が決まった1895年の下関条約締結と同じ週に、キューバの英雄、ホセ・マルティは独立のために蜂起しました。スペインは20万人の兵士を送ったのですが、これによって国家は破産状態となって、やがてアメリカにトドメを指されるのですが、中国にとって衝撃だったのは、さらにフィリビン独立戦争やボーア戦争などもはじまったこと。それまで歯牙にもかけなかったような小国にさえも遅れをとった、と感じるようになった、と(p.71-)。
 
 ホセ・リサールというフィリピンの英雄がいるそうですが、彼のことを主人公にした小説『大海原』が日本人によって書かれただけでなく、日本に亡命していた梁啓超はリサールの愛国詩を翻訳したほか、孫文も亡命フィリピン人のマリヤノ・ポンセと知り合います。そして日本で出されたポンセなどの紹介したフィリピン独立運動に関する本には漢文の序文が付せられており、すぐに漢文にも翻訳されたそうです。
 
 こうした状況をアンダーソンは《キューバと南アフリカとフィリピンが一つの輪になって、帝国主義に対していかにうまく戦うかという情報を交換しているようであった》(p.86)としています。こうしたネットワークを支えたのはアナキストたちの連帯の輪でした。アナキストたちはリバータリアン的な個人主義を賞揚し、ナショナリズムに対してマルクス主義よりもはるかに好意的でした。
 
 彼らを助けたのが、電信と印刷物でした。この当時、アナキストたちは有力な国家指導者たちを暗殺しまくっていました。そして、暗殺者たちは逃げることなく捕まり堂々と処刑されることによって大々的に報道されるようにしたそうです。9.11後の状況を踏まえて《かれらもまたある種の自爆テロリストであったと言いうるかもしれません。そしてかれらの多くはヨーロッパ人であったのです。これは覚えておいたほうがよいことです》(p.63)というのも印象的。そろそろ、なんでもかんでもテロリスト呼ばわりするのは、さすがに説得力を持たなくなってきていますが、まだ、そんなことを信じている人たちに読んでもらいたい言葉です。ちなみにイタリア人が暗殺者の中では多かったそうです(p.94)。
 
 そしてアナキストたちがナショナリストに問いかけた「独立することはよいとしても、その後、どのような国を、もしくはどのような共同体を実現するのか」という答えは、いまだ出されていない、というのがアンダーソンの結論のようです(p.99)。
 
 このほか、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語は互いに理解可能でありそれぞれの国で翻訳する必要はないのに、三つとも翻訳されたというあたりも面白かったです(p.52)。それと、ジョージ・ソロスは旧ソ連を民主化するために100冊の本を多数言語で翻訳させて、その一冊に『想像の共同体』を入れていたそうです。こうした構想力は日本人のカネ持ちには出てこないよな…。久々に敗北感を感じる話でした(p.53-)。

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