« 中本新宿店の「蟹・DE・翔」 | Main | 『社会学入門 人間の社会の未来』 »

April 04, 2010

『「無限」に魅入られた天才数学者たち』

Mugen

『「無限」に魅入られた天才数学者たち』アミール・D・アクセル、青木薫、早川書房

 数学の話で、しかも無限や集合に関する抽象的な話なので、ぼくが感想書いてもしょうがないといいますか、無限は無限にあるとか、実無限(無限をあるまとまったものとみなすこと)とか、実数は連続濃度で自然数は可算濃度であり実数のほうが自然数より多いとか、壮大な話といいますか、素人はただ驚き呆れるばかりの世界が広がっているなぁ、という印象です。
 
 で、唯一、この本を読んだような方々にバックグラウンドに関する部分でお役にたてることがあるとすれば、それは第16章「ラッセルのパラドックス」の最初に引用されている新約の「テトスへの手紙」に関することだと思いますので、チラッと書いてみます。
 
 著者は以下のように書いています。
 

 紀元前六世紀の哲学者、クレタ人エピメデスの作とされるパラドックスがある。エピメニデスは言った--「私は嘘をついている」。さて、われわれは彼の言うことを信じるべきだろうか?もしこの命題が真ならば、彼は嘘をついていないことになり、命題は偽となる。一方、もしも命題が偽なら、彼は嘘をついていることになり、命題は真となってしまうのだ。使徒パウロは、クレタ島に残してきた弟子テトスへの手紙のなかで、古代から伝わるこのパラドックスを取り上げて次のように述べている。「彼ら(クレタ人)のうちの一人、預言者(エピメニデス)自身が次のように言いました。クレタ人いつも嘘つき、悪い獣、怠惰な大食漢だ」

 
 まあ、つまんないことですが、「テトスへの手紙」は今日では使徒パウロの真筆とされない第二パウロ書簡の一群の文書です。

 真性パウロ書簡では信仰義認という考え方が強調され、キリスト教の母胎となったユダヤ教の律法主義が批判されます。しかし、信仰のみ、ということを言い出すと、いわゆる狂信者が出てくるわけで、そうなるとローマ当局からも誤解を招くし、穏便に暮らしている家庭的なキリスト教徒たちの方が大切なんじゃないのか、と考えはじめていた初期カトリシズムの方向からはできれば排除したい、と考えるようになった、と。そこで、権威のあったパウロの名前で新しい文書を書いて、同時代の道徳的期待にキリスト教道徳を適合させて一般の社会規範を満たすように信者を説得すると同時に、深さのあったパウロの律法批判を浅っぽい選民意識から加速させることによって律法の全否定に至るという《驚くべき方向転換》(『新しい新約聖書概説 下』ケスター、p.388)を行ったんですね。
 
 「テトスへの手紙」の反ユダヤ主義的な文言や、汚い罵りには驚いてしまう人も多いと思いますが*1、個人的にも、第二パウロの書き手たちが、エピメニデスのパラドックスをまるっきり理解していなくて牽強付会に引用しているのは凄いな…と感じました。もちろん、こうしたことを《牧会書簡著者の知性の貧困に短絡して結びつけるのは公正ではな》いのかもしれませんが(『新約聖書V パウロの名による書簡 公同書簡 ヨハネの黙示録』岩波書店、p.281「パウロの名による書簡 解説」保坂高殿)。
 
 あと、個人的に面白かったのは数密主義ではテトラクテュス=四つの数の和が10になることから、10が神聖な数とされていた(1+2+3+4=10、p.23)とか、ヘブライ語の神の名であヤハウェYHVHも十通りに並び替えることができるが、カバリストたちはさらに「エン・ソフ」という無限概念をもってきた、というあたりも興味深かったです(p.43-)。
 
 ワイエルシュトラスの1, 14/10, 141/100, 1414/1000....という有理数の数列はルート2という無理数に収束する、というあたりも、すごいなぁ、と(p.86)。

*1 「テトスへの手紙」新共同訳
 1:10 実は、不従順な者、無益な話をする者、人を惑わす者が多いのです。特に、割礼を受けた改宗者(ユダヤ教的キリスト者)の中には、反逆する者も多く、また、クレタ人の悪い評判もあるので、彼らを正しく教え導かなければならないからです。
 
 1:13だから、彼らを厳しく戒めて、信仰を健全に保たせ、1:14 ユダヤ人の作り話や、真理に背を向けている者の掟に心を奪われないようにさせなさい。

|

« 中本新宿店の「蟹・DE・翔」 | Main | 『社会学入門 人間の社会の未来』 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/47993204

Listed below are links to weblogs that reference 『「無限」に魅入られた天才数学者たち』:

« 中本新宿店の「蟹・DE・翔」 | Main | 『社会学入門 人間の社会の未来』 »