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March 20, 2010

『長州戦争 幕府瓦解への岐路』

Choshu_senso

『長州戦争 幕府瓦解への岐路』野口武彦、中公新書

 『鳥羽伏見の戦い』が良かったので、その前哨戦とも言うべき幕府による長州征討を、政治の流れだけではなく軍事面からもじっくり分析した『長州戦争』も読んでみることにしました。
 
 素人なりに、明治維新のことに関しては、いろいろ読んでいるつもりだったんですが、やっぱり素人だな、と思い知らされたのが「一会桑政権」という概念を知らなかったこと(p.60)。

 1860年の桜田門外の変で井伊直弼が倒れた後、幕府は公武合体路線に進み、攘夷実行という条件まで呑まされたあげく1861年に孝明天皇の妹の和宮を将軍家に降嫁させます。攘夷実行を約させたことで調子に乗った長州藩と公家たちは、孝明天皇に攘夷親征の軍議を開かせて一気に王政復古を狙う大和行幸を迫りました。この時期が「一会桑政権」の背景。武張ったことなどやったこともない孝明天皇は、行幸がそのまま軍旅になって二度と京都に戻れなくなるかもしれないと悩みまくり、その話が公家から薩摩藩士に伝わります。当時、京都守護職には会津藩主・松平容保が任命されていますが、その会津藩に薩摩藩は急接近。中川宮を引き込んで、一気に長州勢を御所から締め出したのが八月十八日の政変です。
 
 その頃、一橋慶喜は京都へ赴き、朝廷に対して幕府の大政委任の確認させるなどの役を果たしていたのですが、長州勢がいなくなった京都には島津久光、松平春嶽、伊達宗城、山内容堂が兵を率いて上洛します。慶喜は容保とともに朝廷参与に任命されて参与会議が発足して公武合体が確率されたと思われましたが、所詮は寄合い所帯の悲しさ。各自が勝手なことを言い出して話はまとまらず、最初にイヤ気がさした容堂が帰国。慶喜、春嶽、宗城、久光、容保も辞表を叩きつけて参与会議はわずか2ヵ月で空中分解してしまいます。

 京都に発生したこの一瞬の権力の空白期間に、一橋慶喜が会津藩主・松平容保とその実弟である桑名藩主・松平定敬と手を結び《江戸の幕府と京都朝廷との間に介在して独自の政治勢力を形成》したと仮定するのが「一会桑政権」という概念。確かに、明治維新の沸騰期の政治状況は薩長対幕府という図式だけでは説明しにくいところがあります。慶喜は兵庫開港問題で《幕府が一度下した認可をひっくりかえし、もう一方では薩摩藩の勅許拒絶案を潰し、その間を縫って慶喜カラーを押し出》し、天下の嘱望を一身に集めるというという高度な政治力を発揮します(p.141)。つまり一会桑の武力で京都を押さえながら、幕府にも薩摩藩にも失点させ、開港を求める四ヵ国の代表にも貸しをつくって自分のイニシアチブで開港。やがては家茂の死後、将軍に登りつめます。なんか、派閥の長が総理の座を射止めたような印象を受けるのはぼくだけでしょうか。

 しかし、日本史は凄い。こうした動きを横目に薩摩藩は徐々に長州との同盟に傾き、幕府がおっとり刀で二度目の長州征討に向かおうとした瞬間に薩長同盟が成ります。話は先になりますが、薩長vs幕府の権力闘争が最後の決着をみた鳥羽伏見の戦いでも、戦いの帰趨が決まったのは、慶喜と容保と定敬が大阪城から開陽丸で逃げ出したからです。「一会桑政権」という視点を持つと、スルスルっと歴史のもつれた糸がほどけるような感じがしました。

 第2次長州征討(著者は、幕府が負けたのに征討というのはおかしいということで長州戦争と呼ぶのですが)で、被差別部落出身者で結成された維新団が幕府相手の緒戦で抜群の戦いぶりをみせ、周囲の見る目を一変させる、というあたりは感動的でした(p.177)。

 また、高杉晋作好きにとっても関門海峡を挟んでの小倉口の戦闘が丹念に描かれていて楽しめると思います。さらに、それに先立ち、占領した大島に居座った幕府海軍を相手に小型蒸気船で単騎乗り込んで大砲を撃ちまくって逃げるあたりの描写なんかもいいです(p.166)。

 「六月十六日夜半、丙寅丸を以て癸亥丸及び丙辰丸を引き、田ノ浦港に迫る」という出だしから始まる小倉領への奇襲作戦を報告した晋作の文章は、著者の言うように行間に戦場のポエジーさえ漂わせた美文だと思います。

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