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March 14, 2010

『統合失調症 I』

Tougoushiichosho1

『統合失調症 I』中井久夫、みすず書房

 みすず書房の《精神医学重要文献シリーズ Heritage》から『統合失調症 I』が第2回配本で出ました。1970年代に発表されたこの本は読んでいなかったので、手に取りました。

 ほぼ復刊ということで、最後に載せられている著者自身による解説から読みました。

 《精神科に転じる際に読んだ症例報告で、まずもった感想は、これだけの苦悩と恐怖があるのに、失神もせず、また、胃潰瘍その他の心身症にもならず、さらに幻覚や妄想、夢にも出てこないらしいのは実に不思議だということである》と書いてありますが、こうした姿勢から患者さんに寄り添ってこられたんだなぁ、と思いました。まあ、誰にでも、悩みなんかはあると思いますが、この本を読みながら、手垢がついたような言葉ですが、それだけで癒されるというか、安心感が広がる感じがしました。

 素人が医学的所見に関する感想を書いてもしょうがないので、深入りはしませんが、症例としてあげられている5つの例は、いずれも切実であり、発症に至る不幸な連鎖には胸が締めつけられます(例えば、暗いところに入るのが苦手だったのに、市電が廃止されたために地下鉄勤務をせざるをえなくなるとか)。《患者は一般に人生においてあまり成功や満足を味わったことの乏しい人である。だから悲観論者》(p.176)という言葉の重さを感じます。

 また、日本のように「近代」に強制加入させられつつある社会では、焦慮を病的とみるどころか、いかに巧みに「あせり」あるいは他を「あせらせるか」を重視する傾向があることが治療者の盲点になっていると書かれていますが、これは、お医者さんだけにあてはまる問題ではないな、と感じます(p.93)。茶の湯のような「余裕の文化」の生命力が失われつつある、とも書いておられるのですが、茶道をもう一回、やりはじめようかな、なんて思いました。そして、中井先生が獲得目標とするのは、「ゆとり」感じることができるようにすること、というのもなるほどな、と。

 《徹夜したあと、意識水準を保つための身体の自然のたくらみとして怒る多弁性》(p.116)なんて言い方も素晴らしいな、と思いました。これって、若い頃にやった徹夜麻雀の実感です(そして、徹麻も二日目に入ると言葉はすべてが詩となる、というのは誰が書いていた言葉だったかな…)。

 《危機に際しては集団はその前よりも散るか固まる》(p.123)というのも納得的。

 「狭義のいつわりの静穏期」の例としてあげているヴィトゲンシュタインのラッセルへの手紙にみられる「亡霊のざわめき」(Gerausch der Gerspenster)にはハッとさせらました。「亡霊たちのざわめきをとおして、理性の声が聞えるようになりました」という言葉は、言語論としてとらえられる場合もあると思うのですが、中井先生は「観念の自由基のひしめき会うざわめき」を表した言葉として引用します。あまりこうした引用を偉そうにを自分の関心に引き寄せてやるのはいかんなぁ、と思いましたよ(p.126)。多くのことが逆さまとなり、頭の中がさわがしくなれば、治療施設を訪れるという示唆が可能になれば、予防的介入も社会的に受容できるものとなる、というのは深い言葉だと思います(p.141)

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