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March 05, 2010

『鳥羽伏見の戦い』

Toba_fushimi

『鳥羽伏見の戦い』野口武彦、中公新書

 日本の歴史で調略など全くなしに、互いに武力だけのガチンコで雌雄を決した大規模な戦いというのは意外に少ないと思います。考えてみれば『鳥羽伏見の戦い』って、その例外的な一幕なのかもしれません。

 『鳥羽伏見の戦い』はあまり大河ドラマ的に印象に残っていないのですが、考えてみれば、世界最大級の合戦であった関ヶ原の戦い(ワーテルローより大規模)以来の大規模な戦いであり、しかも小銃と大砲を主力とした近代戦でもあったことわけです。

 となれば、たんに徳川慶喜が大阪から手勢をうち捨てて這々の体で江戸城に戻り、謹慎しまくって、なんとかお家断絶を免れたというような戦いであったわけはない、というのが著者の出発点。

 だいたい旧幕府軍は戦力としては圧倒的に多数だったわけです。

 しかし、それを打ち破ったからには、たんに時の勢い以上のものがあるに違いないというのが著者のモチーフ。

 そして、それを支えているのが、薩摩の兵隊の剽悍と残虐性だった、というのが大まかな骨子でしょうか。

 著者によると、本来ならば慶喜側はかなりの確率で勝っていたハズなのに、それを逸したのは四つの失敗が重なったためだ、としています。

 それは薩長の主力である先込めのミニエー銃よりも、はるかに連射性能その他が上回る元込めのシャスポー銃で武装した伝習兵を揃えていたにもかかわらず、鳥羽でも先陣の兵士たちに弾を込めさせていなかったという弛緩しきった指揮で緒戦を押され
1)圧倒的な兵力があるにもかかわらず迂回路から挟み撃ちにすることもせず(p.143)
2)途中でいったんは押せる情勢にあったものを自重して勝機を逸し(p.178)
3)さらに、その時点でもなお迂回・包囲作戦が可能な部隊をむざむざと温存し(p.186)
4)退却戦での防御に使おうとしていた城から裏切られて野戦をあきらめざるを得なくなり(p.244)
5)大阪城での籠城戦にも持ち込まなかった
 という要因をあげています。

 しかし、この手の本としては、血烟るような生々しい描写の引用がつづく本書を読むと、薩摩の兵士たちの強さが印象に残ります。

 薩摩の兵士たちは武士の情けという言葉を発しながら、手負いの敵兵の首をかき、さらには幕府側の野戦病院のようなところに取り残されていた武士たちも一人残らず殺害してしまいます。さらには、少年兵とみるや衆道趣味を遺憾なく発揮し(p.201-)、血の付いた手で喰う握り飯を食べても「至りてうまき」と感じ(p.209)るような兵士ばっかりなわけですから。

 なんていますか、武士の情けというのは情けがないこと(非常さ)だということに気づきましたw

 ちょっと途中の描写でいかがなものかと思うところもありますが、こんな本、読んだことがない、ということでワクワクしながら読みました、

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