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March 22, 2010

『ケンブリッジ・サーカス』

Cambridge_circus

『ケンブリッジ・サーカス』柴田元幸、スイッチ・パブリッシング

 愛する柴田元幸さんのエッセイがまとまったので、さっそく買って読みました。大枠のテーマは旅ですが、ご本人が「あとがき」で書いておられるように《地元六郷にいようとアフガニスタンの山の中にいようと、亀が甲羅のなかに半分首を引っ込めるみたいに、自分というものをあんまり殻から出さなかった気がする》という感じで、風景の先にいつも見えてくるのは、かつての自分であり、その自分と対話するような感じで進む、なんといいますか半分、私小説のような感じのエッセイが多かった感じですかね。
 
 大好きな『シカゴ育ち』の作者、スチュアート・ダイベックに六郷を案内する「スチュアート・ダイベックと京浜工業地帯を歩く」が一番、印象的だったかな。《かつて育ったシカゴの街を歩くと、僕はいつも、現在だけでなく過去をあるいている》とダイベックは語るのですが、この言葉は、そのまま『ケンブリッジ・サーカス』全体に流れている、なんといいますか生活の態度といいますか、旅先でも変わりようもない行き方のような気がします。
 
 共感したのは、夜中に自宅一階の書庫に降りていくと、中学校二年ぐらいの柴田少年に会えるようになったという小説ともエッセイともつかない「六郷育ち」です。柴田少年は何をしているのかというと、寒いのでジャンパーを着てこたつに入り、2Bの鉛筆をせっせと動かしながら、自分で買ってきたO・ヘンリーを翻訳しているんです。《何のことはない。三十九年前から一歩も進歩していないじゃないか、と五十三歳の僕はつくづく思った。トランジスタ・ラジオはCDプレーヤーに進化し、O・ヘンリーのリライト版はダイベックやミルハウザーやオースターの原典になっても、音楽を聴きながら翻訳するのが至福の時間だという点は全然変わっていない…》。ひるがえって自分のことを考えても、音楽を聴きながら本を読んだり、仕事以外のことで好きなことを書いていること以上の幸せな時間というのは、あまり想像できないかなぁ、と。

 「僕とヒッチハイクと猿」ではOn the Dole(失業中)の若者だらけだった1975年当時のリバプールで、そうした若者にランチを奢ってあげることが発端となる一連の話しや、バーナード・ショーの『ピグマリオン』の時代と変わらないフラットのコイン式の暖房システムあたりが面白かったかな。
  
 オースターと自分たちの少年時代を語り合う対談ももちろん面白かった。今の私立で高い金を出しても昔の公立高校のような高い水準の教育は受けられないとか、アメリカでも中流の暮らしを維持するためには両親とも働かざるをえないとか、政府は全部のお金が一握りの人びとのところに行かないようにするのが第一の仕事だと思って育ったということに二人は同意していました。また、フランスでは保育園が充実していて、スタッフも訓練されているというのは知らなかったな。
 
 あと、パウェルズという書店がいいらしいので、今度、使ってみよう。
 
 『アメリカン・サイコ』という小説はファッションとグルメのみが目的として突出したヤッピーと、生きることの目的もぼんやりと霞と化したホームレスから成り立っているNYを描いた作品なのかぁ(p.70)。読んでみたいと思うけど、小説はあまりよまないしな…。

 にしてもいい本とか雑誌には、いいイラストが入っていないとダメですね。
 
 柴田さんの本も「きたむらさとし」さんのイラストで、ぐっと価値が上がっていると思います。
 
 あ、柴田さんが原稿用紙に手書きで書いた特別付録がよかったです。

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