« 『もてなしの心 赤坂「津やま」東京の味と人情』 | Main | しみづのホタルイカの塩から »

March 28, 2010

『人物で語る化学入門』

Jinbutsu_chemistry

『人物で語る化学入門』竹内敬人、岩波親書
 
 高校時代から物理や生物には少し興味を持てたものの、元素の周期表に全く意味を見いだせず、この歳まで来てしまったことへの多少の反省があったので手に取りました。同じ岩波から出ている『人物で語る物理入門』の評判もいいし。で、一読、本としても面白い。半分も理解できてないとは思いますが、様々な知見を得られたことに感謝して備忘録として書いてみます。

 化学の三つの仕事は1)構造の研究2)反応の研究3)合成の研究であるそうです(p.218)。また、電気はそのどれとも深くかかわり、物質の中の電子の性質、振舞いを理解することが化学とすらいえる、と(p.54)。さらに《ものの目に見える(巨視的な)性質は、ものを構成する分子の「原子レベルの(微視的な)構造」によって決まる》とのこと(まえがき)。ここらへんが出発点なんですかね…。

 1800年はドルトンによって近代原子論が誕生し、ヴォルタが電池の原型をつくった画期的な年(p.3)。しかしドルトンは錬金術師が用いた記号からは完全に離れられなかったというのは、素晴らしい話だな、と思いました(p.63)。また、同じ金属では電池はできないそうです。なぜなら、金属電極の差が起電力だから(p.58)。また、電気の化学作用は分解能力として当初はとらえられていた、というのも目ウロコでした(p.65)。電気分解のエンジンとして電池は大切だったんですね。また、1828年はウェーラーが尿素をフラスコの中でつくり、無機物を有機物に変換できるのは生物だけだ、という常識を打ち破った年で、それはそれなりに画期的だったそうです(p.87)。
 
 1モルはNa個の原子・分子粒子からなる物質について6*10の23乗の粒子を持つ物質の量で、10の23乗と一口にいいますが、137億年前に起こったビッグバンから現在までは4.3*10の17乗秒しか経っていないことを考えれば、途方もない数字です(p.30)。

 空気とアンモニアから分離した窒素の密度のわずかな違いに着目して、何にも反応しない不活性元素が見つかり、それはギリシア語のαργοs=怠け者から「アルゴン」と名付けられたそうです。アルゴンは電球に封入されましたが、これは反応しにくい性質を生かしたもので、発見者らは似たような仲間を捜してヘリウム、ネオン、クリプトン、キセノン、ラドンを発見(あ、全部、灯りに関係している物質だ!)。これらは周期表でも同じタイプの電子配置を持っていますが、原子の性質は、一番外側の軌道の詰まり具合で決まるそうで(p.80)、さらに福井謙一教授は、最も原子核から遠い軌道の電子が反応に用いられるという「フロンティア軌道理論」でノーベル賞をとった、と(p.97)。

 キューリー婦人はウランより強い放射能を持つ新元素ポロニウムを発見し、その名はロシアに圧迫され続けた祖国ポーランドへの思いを示したものですが、06年にイギリスで発生したロシア亡命者の殺害にポロニウムが使われていたのは皮肉な話ですねぇ…。

 人類が利用できた金属は、金属原子が鉱石の中で、他の原子とどのぐらい強く結合しているかで決まってきたそうです。銅は鉱石中で金属原子が酸素、硫黄と結合しているが、結びつきは弱い、と。鉄は銅より強い。アルミは酸素と極めて強く結びついているから、近世まで利用できなかった、と(p.66)。これって、20世紀以降に流行った病気の原因としてアルミニウムがしばしば原因物質として登場する背景なんでしょうね。さらに、大きな分子の原子は全て共有結合で結ばれているという「高分子説」が正しいことが証明され、人類はプラスチックの時代に入ったわけです(p.150)。
 
 また、人間の生活レベルが向上するに従ってソーダ水の需要が高まったそうですが、植物を燃やした灰を重要な原料としていたので、森林が枯渇してきた、と。このため、1783年にフランス政府は地球に無尽にありそうな塩化ナトリウムを原料とするソーダ水の有効な製造法を懸賞金付きで募集したそうです(p.104)。同じように、マラリアの特効薬であるキニンの原料が第二次大戦直後でほとんど日本が占領したため、アメリカではキニンの工業的な合成に取り組んだそうです。まさに必要は発明の母。ちなみに、植物から純粋な形で単離されたキニンがなければ、ヨーロッパ諸国によるアフリカの植民地化は不可能だったといわれているそうです(p.114)。さらに、キニンを水に溶かしたものがトニックウォーターであり、そのさわやかな苦みはジントニックを生み出した、と。
 
 大気の80%を占める窒素からアンモニアを合成させることに成功し、これによって無尽蔵の肥料と火薬を得たので第一次大戦に踏み切ったとも言われているとのこと(p.133)。また、ドロシー・ホジキンによって、X線結晶解析法から1945年にはペニシリン、54年にはビタミンB12、69年にはインスリンの構造が決定され、我々の生活が一変した、と(p.174-)。
 
 ブンゼン(1811-1899)時代の化学実験は非常に危険で、ヒ素を含むカコジルの研究で中毒によって命を落としかけたし、爆発で右目の視力を失ったそうですが(p.31)、いやー、化学者の皆さま、本当にありがとうございました!

|

« 『もてなしの心 赤坂「津やま」東京の味と人情』 | Main | しみづのホタルイカの塩から »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/47932503

Listed below are links to weblogs that reference 『人物で語る化学入門』:

« 『もてなしの心 赤坂「津やま」東京の味と人情』 | Main | しみづのホタルイカの塩から »