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February 06, 2010

二月大歌舞伎、八ツ橋の笑い

Kabukiza201002b

 籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)は、一幕目の「見そめ」だけを観るためだけに席をとってもいいぐらいのお芝居ですよね。

 ここは、いろんな方が語っているところですが、ぼくが好きなのは、淀川長治さんが、中村歌右衛門さん相手に対談しているなかでの言い方。少し長いけど、引用します(いろいろ細かな間違いはあるけど、あまり気にせずに…)。


 淀川 例えば、八橋と佐野次郎左衞門が初めて出会うところ。花道から出てきた八橋を次郎左衞門が見て、「なんちゅうきれいな観音さまか」なんて言っている。それを聞いた八橋は、なんちゅうバカな田舎者か、そう思って「ハハハハ」。と同時に、あれも客の一人だから、と思い直して、その笑いがお愛想笑いに変るのね。もう、見とって身の毛がよだつ。でも、そこが見たくて、この芝居は行きたくなるの。しかも、先生の八橋でなきゃ、あの、なんともしれんこわさは出ないんだなあ。(『広告批評』1992年10月号、p.13)

 このくだりは、歌右衛門さんが初めてアメリカに歌舞伎の公演に出かけて、その時には壺坂霊験記(つぼさかれいげんき)のお里、籠釣瓶の八ツ橋それに娘道成寺を踊って、グレタ・ガルボがLOVE LOVE LOVEという有名な電報を送ってきたねなんていう話の中で語られているんですが、とにかく、吉原の夜桜の陰から表れた八ツ橋が、舞台を外八文字を踏んで練り歩き、花道の七三で次郎左衞門を振り返って笑う場面は、すごい練り上げ方だと思います。

 そして、この花道笑う工夫を最初にしたのは六世歌右衛門さんの父、兄の成駒屋系だったといわれています。

 『女形の運命』渡辺保、筑摩書房、1991のp.104-でも《女形は本来まったく笑わないものであり、「籠釣瓶花街酔醒」の八ツ橋も最初は笑わなかった》《三世河竹新七の「籠釣瓶花街酔醒」の書き下ろし台本には八ツ橋の笑いというものはなかった》そうですが、成駒屋の型をさらに発展させて、六世歌右衛門さんはお歯黒を見せながら、笑うというところまで変化させていったそうです。

 それを淀川さんは、分りやすく軽蔑の笑いから愛想笑いと語っているのですが、歌右衛門さんは「この笑いはハッキリと割り切らないで見るべきものではないかと思うのです」とも語っています(『女形の運命』)。

 今日、歌舞伎座の花道で笑ったのは、玉三郎さんでしたが、そのわずか数秒に、成駒屋の100年近い歴史と歌右衛門さんの姿がオーバーラップして見えたような気がします。

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