『アホの壁』
『アホの壁』筒井康隆、新潮新書
「序章 なぜこんなアホな本を書いたか」であかされているように本書のタイトルは養老孟司『バカの壁』から思いついたのですが、そもそも『バカの壁』とは、人と人との間のコミュニケーションを疎外する壁ではなく、人それぞれの、良識とアホとの間に立ちはだかる壁のことを書いたのではなかったのか、という思い込みから、そうしたことを養老先生が語っていなかったのならば、編集にそそのかされて、書いてしまえ、というのが本書だとしています。
「第一章 人はなぜアホなことを言うのか」の《突拍子もない理由はいっぱい考えられるが、真の理由は本人ですらわからない》(p.29)あたりとか、《甘えというのは日本的な感情で、やくざに代表される義理人情の感覚にも極めて近い》(p.35)なんてところはよかったかな。思考能力の低い女性にキレられると《処方箋はない。ありませんっ》(p.42)てのにも笑えました。
「第二章 人はなぜアホなことをするのか」で、人によっては命より大切なケータイやPCを忘れるのは、自罰的傾向からかもしれないが、そのほかにも潜在的理由は山ほど考えられるというあたりも、なるほどな、と。よく自傷したり事故をおこしたりするような人は"焦点的自殺"をしているんだろうな、と思います。有名人の自殺に追随するのは、心中するような気になっているのではないか、というあたりもハッとさせられました。
三島由紀夫に関しては、こんな風に書いています(p.95)。
グイド・レーニが描いた「聖セバスチャンの殉教」を愛し、自らダンヌンツィオ『聖セバスチャンの殉教』を翻訳し、最期は大勢の前で煽動的に自決し、同性愛の対象に介錯を委ねた。多数同性愛者、殉教志望者の夢の実現ではなかっただろうか。
「第五章 人はなぜアホな戦争をするのか」で、人間はオリンピックやワールドカップで自国の代表を応援するが、これは同種既存の本能ゆえである、とした上で、この本能には過剰反応を起こしやすいという弱点があり、特に女性の君主の場合では、嫉妬や個人的な憎しみ、ヒステリーで戦争を起こした例が多くて悲惨になる、なんてあたりも笑えました(エリザベス、クレオパトラ、カトリーヌ・ド・メディシス)。
「終章 アホの存在理由について」も決まってます。
人間はやがて滅亡するだろうが、そしてそれは最終戦争以外の理由であるかもしれないが、その時はじめてわれわれはアホの存在理由に気づくだろう。アホがいてこそ人類の歴史は素晴らしかった、そして面白かったと。
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