『安田講堂 1968‐1969』
『安田講堂 1968‐1969』島泰三、中公新書
サル学の島泰三さんを初めて知ったのは、『親指はなぜ太いのか』でしたが、今年になって出た同じ中公新書からの『孫の力 誰もしたことのない観察の記録』を読む前までは、東大全共闘のメンバーで、しかも安田講堂に立てこもって逮捕され、2年間も入獄していたということには、まったく気付きませんでした。
『安田講堂 1968‐1969』を書いたモチベーションは、いずれ会ってじっくりと話をしたいと思っていた当時のメンバーたちが、次々と鬼籍に入りはじめたこと。
そして、安田講堂には東大全共闘にメンバーはあまり入っておらず外人部隊が"兵隊"のように逮捕された、という俗説に異を唱えるためです。ということからも、保守的だと言われていた法学部で、安田講堂に逮捕覚悟で20人の闘争委員会のメンバーがまとまって残ったというのには驚きました(p.205-)。
資料を含めて350頁にわたる本ですが、いつもと違って、まったく余裕などない筆致で時系列的に書き進められていくために、正直、読んでいて辛くなる部分があります。それはご自身も《青年はかくも愚かである。しかし、皆がなんと胸を張っていることか》(p.220)という一文であらわしているのかもしれません。
なんらかの目的をもった運動ならば、小熊英二さんが『1968 上』で書いているように、大河内学長が辞任して学生側の7項目の要求がほぼ認められた時点で、手打ちを行っておけば、安田講堂に立てこもって全員が逮捕されるという玉砕戦術をとらずに済んだのに、とこの本でも思わされます。しかし、東大全共闘は、何か政治的な目的を獲得するための運動体ではありませんでした。それは「自己否定」を進める個人の集団だったわけで、やっぱり、最後は玉砕するしかなかったのかもしれません。そして全体を見回す余裕などなかったのかな、と。
島さんの筆致が、余裕こそ感じられないながらも明るいのは、入獄していた2年間での、学生運動の変化に直接、触れていなかったからかもしれません。安田講堂移行、全国の大学でバリケードストライキが続きますが(小熊『1968』で新鮮だったのは、こうしたバリストは、引き籠もりの先行形態ではなかったか、という指摘でした)、ことごとく各個撃破され、やがてはセクト同士の内ゲバや、赤軍などによる過激な暴力路線の突出で、悲惨な結末を迎えます。
そうしたことを知らずに2年間(これは本当に長い期間だと思います)、獄中にいたおかげで、ある意味「やりきった」思い出を書き残せたのかもしれません。
あと、触れておきたいのは写真がいいこと。
ほとんどは、新聞社のものですが、全共闘の元学生の側からセレクトされた写真というのは、そうないと思っています。
例えば、学生たちは落ち着いていた、という大河内総長との写真だけでも、初期の大衆団交のイメージが随分、違ってきます(p.59)。
クリスチャンの戸村一作成田空港反対同盟委員長への機動隊による頭部殴打の写真は朝日新聞に掲載されたものだといいますが、初めて見ました(p.29)。キャプションの「学生を殴りつける機動隊を止めに入った戸村一作氏は、ヘルメットをはがされたうえで、頭を警棒で乱打されて重症を負った」というのを読むだけで恐ろしい。
これが小熊英二『1968』になると、自分探しをしているような写真になるし、警察側からの写真だと学生が興奮しているものばかりにになります。写真一枚は300行の情報に匹敵すると教えられたけど、写真の力はやっぱりすごいな、と思いました。
あと、佐々淳行『東大落城』に関しては、城攻めに工夫がないのは旧帝国陸軍と同じなどと、ことあるごとに批判しまくっているのですが、やっぱりここのところは引用していました。
それは秦野章警視総監が昭和天皇に安田講堂の一件について上奏した時のことです。警察としては昭和天皇からよくやったと御嘉賞の言葉があると期待していたのに、こんなやりとりがあったそうです。
「それがなぁ、天皇陛下ってえのはオレたちとはちょっと違うんだよなぁ。安田講堂のことを奏上したら『双方に死者は出たか?』とご下問があった。幸い双方に死者はございませんとお答えしたら、大変お喜びでな、『ああ、それはなによりであった』とおおせなんだ。機動隊と学生のやりあいを、まるで自分の息子の兄弟喧嘩みたいな目でみておられるんだな、ありゃあ…」(『東大落城』佐々淳行、文春文庫、p.314)
佐々さんは《私は感動した。これぞまことの「同胞相撃タズ」のゲマインシャフト精神の発露》と単純に喜ぶんですが、島さんも「この一言で、同胞という言葉を思い出した」と書いています(p.316)。
ぼくはなんつうか、「一木一草にも天皇制がある」という竹内好さんの言葉を思い出しました。
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