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November 01, 2009

『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』

Football_dog

『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』宇都宮徹壱、東邦出版

 職業としてサッカーライターは、なぜ旅するのでしょうか。

 もちろん、そこでサッカーの重要な試合が行われ、それをレポートするのが仕事だから。対戦相手を分析し、これまでのエピソードを交えながらプレビューをまとめ、試合が終われば監督や選手にインタビューする。そして、勝敗を踏まえての今後の展望でサクッと締めくくる。

 しかし、宇都宮徹壱さんの一連のレポートは、いずれも、こうした枠組みからは少し外れているように感じます。歩くところも東欧が中心。西側だったとしても、きるだけ小国を選ぶ。

 そこには妙な切実さがあるのではないかと感じていました。同時に、飄々と異文化の街を歩き、見ず知らずの人びとと軽々と接していくスタイルは誰かに似ているな、とずっと思っていたんですが、最近、ようやくハッと思い当たりました。それはロス・マクドナルドの描く私立探偵リュウ・アーチャー。

 今では、顧みられることも少ない作品群なのですが、50年代から60年代にかけて高い人気を誇り、70年代にはサブカルチャーの枠外からも高い評価を受けるようになっていった作家です。彼が描く私立探偵リュウ・アーチャーは事件の依頼を受けると、さっそく関係者の間を歩き回るのですが、作品の質を高めているのは、アーチャーが「他者の生活に入っていき、そして出てくる」一連の動きを、どうしようもなく切実で必然的であるように描いているところです。

 アーチャーは時として《「私自身も、多少探し廻っているんだが、誰も朝食につきあってくりないし、手をとって慰めてもくれない」》と弱音をはきますが、それでも「他者の生活に入っていき、そして出てくる」ことをやめません*1。ロス・マクドナルドは《私たちは月に到達することに成功した。これからは、人間社会のクレーターを探検しなければならない》と書いていますが*2、宇都宮さんも、この本で似たような宣言を「あとがき」で行っています。

 それはロンドンの空港で、NATOの空爆が始まるということからベオグラードで行われるユーロ2000予選のユーゴスラヴィア対クロアチアに行くための飛行がキャンセルされて、さてどうするか、という場面で考えたこと。その時点でのオプションは1)プルガリアのソフィアまで来ればあとはなんとかしてやるという友人を頼ってベオグラードに向かうか2)それとも、他のインターナショナルデイの試合を観戦するか。

 もちろん、一連のベトナム報道で活躍した日本人カメラマンなら、ベオグラードに向かうでしょう。でも、宇都宮さんは後者を選びます。戦争という大状況よりも《フットボール界こそが、世界の矛盾と相克、さらには人間の業や性といったものが如実に発露する「現場」である》と考えたから。

 一連の戦場フォトグラファーの仕事はもちろん尊いもので、彼らの時には死を懸けたショットによって、戦争の現実を初めてぼくたちは知ることができるようになりました。そして、そうした力強い映像をバックにネットワークのTV記者たちが立ちレポをかませば、テレビで見ているぼくたちも何事かを考えなければならない、と思ってしまいます。

 でも、実はそれは一時のことなのもしれません。

 ユーゴ内戦での悪者は本当にセルビア側なのか、コソヴォ自治州の問題は本当にああした解決方法しかなかったのか、NATOの空爆は行われるべきだったのか。正直に書けば、いずれも当初は「悪いのはセルビア、コソヴォは独立すべきだし、それを助けるための空爆は必要だ」などと、わざわざ人様には言わないにしても、テレビを見ながら考えていたものです(今はだいぶ違いますが)。

 一連の旧ユーゴをめぐる状況は、全ての自治州が独立国家となって「解決」しました。一時は内戦による戦禍の代名詞となっていたサラエヴォにしても、いまやグローバル企業の広告が立ち並び、人々は《最新機器の携帯電話を耳に当てて、何やら忙しそうに闊歩している》のっぺりとした印象の街に変貌した、といいます(p.275)。著者は書いていませんが、行間に滲んでいるのは「あの大騒ぎは何だったんだろう」というものではなかったでしょうか。

 それと対照的なのが、例えばマルタ。地中海に浮かぶ島国であるマルタには、3部制の国内リーグを持っていますが、きちんとしたスタンドのあるスタジアムはナショナルスタジアムの他に2ヵ所しかないそうです。ですから、リーグ戦は最高峰のプレミアリーグに所属するチームも含めて1会場で2試合が行わざるをえません。そして、サポータは第1試合の時間が80分を過ぎると、どんな試合状況であっても応援するチームの横断幕の撤収作業を始め、第2試合のサポーターのためのスペースを開けるそうです。《それぞれのサポーターが、毎週顔を合わせているためか、作業は実にスムースだ》と著者は書いていますが、なんといいましょうか、抱きしめてあげたくなるような風景です。

 それと同時に、マルタのサッカーと聞いて、どれだけの日本代表チームのサポーターが、06年6月4日に行われたドイツW杯の前哨戦のことをを思い出せるでしょう(恥ずかしながら、ぼくは忘れていました)。そしてW杯の開幕直前には《マルタをはじめ、ルクセンブルグやリヒテンシュタインといったミニ国家の代表チームが、出場国の調整相手としてドイツの地に招かれ、自分たちの役割を精いっぱい果たしていたのである。しかし試合が終われば、彼らのことを顧みる者など誰もいなかっただろう》。

 著者は小さな罪の意識からマルタの地を踏み、敵味方に関係なく協力しあって盛り上げている国内リーグや、ちょっとしたスペースを見つけると、男女に関係なくボールを蹴る風景に出会います。280頁の写真はマルタ騎士団の立て篭った城塞前の広場でしょうか?青空と海の濃いブルーを背景に、白っぽい土の上で繰り広げられている草サッカーの写真は、この本に掲載されている作品の中では最も素晴らしいものではないかと感じました。

 この本は、いわゆるサッカー好きの人間に対して、どれだけ本当に世界のサッカーのことを知っているんだろう、という静かな問いかけを放っているようにも感じます。

 それが最初に感じられたのは、2番目に載せられているアイルランドの話。北アルランドとアイルランドの関係についての一般的な知識なら、持ち合わせているものの、例えば、1972年に北アルランドのデリーで発生した「血の日曜日事件」によって、カトリックを地盤とするデリー・シティFCは活動停止を余儀なくされたなどというローカルな話は知りません。デリー・シティFCの活動停止はプロテスタントのチームがデリーでのゲームを一斉に拒否したためです。しかし、それから11年後、U2のSunday Bloody Sundayが収録されたWarが発売された年にデリー・シティFCの元メンバーたちは、国境を越えたアイルランドリーグへの加盟運動に立ち上がり、さらに2年後の85年にクラブは蘇ります。さらにデリー・シティFCはなんと89年に新天地でリーグとカップの二冠を達成したというのです。著者の言うように、まるでケルトの英雄伝説のようなこのサーガを聞き出したのは、たまたま訪れたスポーツ用品店の店主です。エディ・マホンと名乗る店主はなんと、デリー・シティFCのGKでした。

 この調子で全16章を紹介していくとネタバレが過ぎますので、最後に、印象に残ったポートレイトにだけ触れたいと思います。211頁で会うことのできるその人物の名前はクラウス・ザマー。そう、東ドイツ(DDR)出身のプレーヤーで、もし膝の調子が悪くならなければドイツ代表チームの胸の星が、もうひとつぐらい増えたかもしれないと言われているマティアス・ザマーの父です。上品でいかにも着心地のよさそうなセーターに身を包んだクラウス・ザマーは、政治に翻弄されてきた自身の選手生活を恨みがましいことひとつ言わずに振り返ると同時に、マティアス・ザマーやミヒャエル・バラックが東ドイツの育成システムの成果であることを強調して《その意味で、私はこれまでの人生に満足しているし、感謝もしているよ》と結びます。

 こうした人々が世界中でサッカーを支えてきたんだ、ということと、サッカーという競技の持つ強さを改めて感じました。日々の生活をなんとかこなしながら、平和にサッカーを愛して暮らしていく。これ以上の価値のある生き方はあるのか、ということを考えさせられました。

 にしても、サッカーでは選手もサポーターもライターも旅をします。サッカーと旅は切っても切り離せないのかもしれません。

 「世界はまだ驚きと出会いに満ちている、もしオープンハートに接することができれば」。そんなことも考えました。

*1 『ドルの向こう側』菊池光訳、ハヤカワ・ポケット・ミステリ、p.225

*2 『さむけ』ハヤカワ・ミステリ文庫の解説から

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