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October 27, 2009

『ザ・コールデスト・ウィンター 下』

Coldest_winter_2

『ザ・コールデスト・ウィンター 下』ディヴィッド・ハルバースタム(著)、山田耕介(訳)、山田侑平(訳)、文藝春秋

 日本語訳ではカバーをとった表紙に使われている写真はデヴィッド・ダクラス・ダンカンが撮影したものだそうです。

 カメラ好きならピンとくると思いますが、デヴィッド・ダクラス・ダンカンは日本のカメラ業界が世界に飛躍するキッカケをつくってくれた方です。すでに神話に属するような話にもなっていますが、1950年にライフ誌の専属カメラマンだったデビッド・ダグラス・ダンカンが朝鮮戦争の取材前に日本光学の大井工場に立ち寄り、Leica用のNikkor P.C 8.5cm F2に驚き、そのシャープさに周囲も驚愕して、一気にニコンが世界に広まった、と。

 ダンカンは同年10月から11月27日にかけて行われた長津湖からの脱出行に同行し、その時の写真が『ザ・コールデスト・ウィンター』に使われたというわけですが、退却する米兵をロングで狙ったこの写真はLeica IIIfに付けたスクリューマウントのNikkorで撮られたのかもしれませんね(ここで使ったのは原著のカバーを接写したものです)。

 この長津湖からの退却というか、中国軍の包囲からの脱出は、マッカーサーのお気に入りだったアーモンド将軍の権威喪失を生みましたが、指揮を引き継いだ知将リッジウェイの分析によって、中国軍はあなどる相手ではないが、決して無敵でもなく、ちゃんとした準備さえ怠らなければ負けはしない、という戦争の目鼻をつける上でも重要な戦いでした。この時期、米軍は仁川上陸作戦の成功の勢いに乗って、中朝国境の鴨緑江を目指していました。朝鮮半島の地図をよくみると、北に行けば行くほど日本海と黄海を結ぶ距離は広がっていきます。つまり、進軍する米軍の密度は薄くなっていくわけです。

 中国義勇軍の彭徳懐将軍が米軍を包囲殲滅するためのに選んだ長津湖は、アメーバのような形をした湖で日本海に面した興南まで伸びる道路は一本の細い道しかありませんでした。中国軍は緒戦で米軍を叩いた後、戦線を離脱しますが、北に向かった中国軍はわざと橋を落とさずに残しておきました。もちろん、そこを米軍に渡らせた後、それを爆破して袋のネズミとして殲滅するためです。

 ところがアーモンド将軍はなおも進軍を命じます。これに逆らったのが海兵隊のスミス少将。彼はできるだけ進軍を遅らせ、途中で飛行場も建設します。結果的に、この飛行場から4500名もの負傷兵を運び出すことに成功するわけですが、この日本海側はまだしも、さらに悲惨な殲滅作戦に遭ったのが黄海側でした。

 北に行けば行くほど山がちになり、道は細くなるのですが、米軍は当初こうした道づたいに退却するクセが抜けなかったそうです。そうした細い道の両側の崖から中国軍は機関銃とバズーカ砲で米軍車両の先頭を狙い撃ちし、全体が立ち往生したところたで殺戮にかかったそうです。

 こうした退却路を米兵はgauntletと呼んだそうです。gauntletはwikipedieaによると「西部開拓時代における私刑の一つ。道の両側に棒や鞭を持った人々が立ち、その間を罪人に通らせて順番に殴っていく。力尽きず通り抜けられた者は罪を許される」というリンチだそうでして、米軍兵士の的確なネーミングのセンスにはいつもながら感心します。もっとも、そんなところを通らされた兵士にとってはたまらないでしょうが(翻訳は概ね素晴らしいと思いますが、gauntletをゴーントレットと記すのはいかがなものかなと思います。やっぱ映画のタイトルとしても使われているし、そういった意味で人口に膾炙している『ガントレット』でしょ)。

 この後、マッカーサーは朝鮮戦争の指揮権を奪われ、知将リッジウェイが火力と空軍力の優位性を全面に押し出した戦法をとることによって、いかに大量の人的損失をいとわない中国軍も補充がきかなくなり、38度線での停戦を余儀なくされます。しかし、そのキッカケとなる砥平里の戦闘のすさまじい描写といったらありません。中国軍による、ほとんど自殺行為のような攻撃は読んでいるだけで恐ろしい。やられる方(米軍)を想定しても、やる方(中国軍)の立場に立っても。

 ここでヒーローとして描かれているのが小隊を率いたポール・マギー。最終章も、この無名の軍人ポール・マギーの独白で終わりますが、ハルバースタムはエピローグの中で、この元軍人に出会って、彼の口からどれほど凄い戦闘が行われたかを冷静に聞くことによって、《わたしがいまやっていることを、なぜやらなけばならないのか、その意味を思い出させてくれた》(p.471)としています。マギー小隊の奮戦ぶりが描かれる45章から46章は『ザ・コールデスト・ウィンター』の白眉でしょう。彼は朝鮮戦争を戦った仲間内では有名な人物だったようですが、この本によって、永久に名をとどめることになると思います。そして彼以外の普通の人々の持つ勇気と献身もたっぷりと感動的に描かれています。

 そして、それとは真逆に描かれているのがマッカーサーと毛沢東。どちらも現実を見ようとはせず、マッカーサーは執務室に電話さえ引いていない状態で、状況報告など聞かずに命令を下し、毛沢東に至っては全国各地につくった豪華な別荘で地元の娘たちに下半身の世話をさせながら朝鮮半島から米国を追い出すことを夢想していたというのですから。

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