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October 24, 2009

『ザ・コールデスト・ウィンター 上』

Coldest_winter

『ザ・コールデスト・ウィンター 上』ディヴィッド・ハルバースタム(著)、山田耕介(訳)、山田侑平(訳)、文藝春秋

 尊敬するハルバースタムの遺作。10年かけて書いた『ザ・コールデスト・ウィンター』のゲラに最後の手を入れた翌週に交通事故で死去したという、作品の成り立ちもドラマチック。出世作となった『ベスト・アンド・ブライテスト』の題材となった世界の覇者となった後のアメリカと戦争というテーマを、ベトナムからさらに遡った作品にもなっています。よく、小説家は処女作に還るといいますが、ハルバースタムも処女作に還って仕事を終えたんだな、と思います。

 日本では下巻に収められている26章の終わりに、アメリカ政府は朝鮮戦争以来、自分たちのやりたい方向に事態を進ませるために情報を操作するようになる、ということが書かれています。その嚆矢となったのがマッカーサー司令部でした。

 第一生命ビルの玉座に座ったマッカーサーは肉体的にも耳が聞えにくくなっていたといいますが、周囲の意見をまったく無視するようになり、明らかに中国軍が国境線上に展開しているにもかかわらず中朝国境の鴨緑江まで自軍を進ませたいがために「中国の介入の徴候などはない」と情報を操作して、やがて壊滅的な敗北を喫します。

 その後のアメリカも、ジョンソン大統領は1965年に北ベトナム軍の反撃を過小評価して泥沼(Quagmire)に入りこみ、2003年にはブッシュ大統領が大量破壊兵器に関する偽情報を元にイクラ戦争に突入しましたが、あまり準備もなく突如、超大国となったアメリカは、時としてこうした過ちを犯す、というのがハルバースタムの伝えたかった最後のメッセージのような気がします。

 また、アメリカ軍はアイゼンハワー、ブラッドレーなどの優秀でバランス感覚の優れた将軍とともに、パットン、マッカーサーみたいな自意識過剰で破滅的な将軍を生んでしまうのか、という問題も考えさせられます(とはいっても映画になるのはジージ・C・スコット、グレゴリー・ペックという名優によって演じられるパットンであり、マッカーサーなのですが…)。こうした対照的な人物がなぜ生まれるのか、というのは国防長官、国務長官あるいは大統領にも言えることかもしれませんね。

 そういえば、彼が宿敵としていた元国防長官のマクナマラも今年亡くなっていますね。まあ、子どもの頃から考えさせられていたことも、終わりがきているんだな、と少し寂しく感じます。ハルバースタムは何回か書いたかもしれませんが、子どもの頃、会っているんですよ。渋谷の日赤通り商店街でよく買い物をしている姿を見ました(当時はまだベトナム戦争が戦われていました)。

 ま、そんなことは置いといて。

 原書も買ったんですが(大部でとても読み切れませんでした)、文藝春秋は、ようやくハルバースタムの版権を獲得したのがよほど嬉しかったのか、丁寧で原作への愛情が感じられるつくりの本に仕上がってます(ハルバースタムの本はサイマル出版会、TBSブリタニカ、NHK、朝日新聞社、PHP、新潮社、集英社とほとんど一作ごとに版権とってるところが違うんですよね)。戦争もので重要となってくる地図はオリジナルをスキャンしただけなく、丁寧に再構成していますし、11部(53章!上下巻で1046頁!)に分かれている扉には原著にない素晴らしく鮮明な写真が配されています。

Hotokukai

 特に農民の将軍と呼ばれた抗日戦争の英雄、彭徳懐将軍が配下の兵士と談笑している写真には引き込まれました。ウェストポイントを最優秀の成績で卒業し、太平洋戦争の英雄となったあと東京で君臨していたマッカーサーは、仁川上陸作戦の成功で念願の大統領の座にさえつけそうなぐらいな高みに登ったのに、農民出身で学校にも通ったことのない彭徳懐将軍の待ち伏せに遭って一気に攻め込まれ、やがてトルーマンから解任されます。

 マッカーサーは空軍力を持たない中国軍が米軍に刃向かってくるハズないと考えていましたし、実際、スターリンも米国との直接対決を避けるためにソ連空軍による上空からの援護を拒否しました。しかし中国は、いや毛沢東は、朝鮮戦争にはぜひとも参戦しなければならないと考えていました。

 それは《介入しなければ、毛の中国がその言辞にもかかわらず、古い中国と変らないこと、西側の抑圧者の軍隊を前にしては無力な巨人にすぎないことを意味するだろう。毛沢東はそう懸念した。そのため、金日成の攻撃が失敗に終わることが明らかになった瞬間から、毛沢東は中国部隊の挑戦投入に向けた計画を立て始めた》(上、p.481)のです。

 台湾海峡には第七艦隊が待ち構えているので台湾上陸は出来ないけれども、自分たちの力を、どうしてもアメリカにみせつけてやらなければならない、と毛沢東は考えたというわけです。一方、マッカーサーは制空権を持っていない中国の人民解放軍など、米国の空軍力をもってすればたちどころに排除できると考えていました。しかし、その中国軍は夜間にタバコ一本吸うことなく25kmも移動し、日中は手で掘った穴に潜んでいることができる軍隊で、米空軍はその存在すら発見できなかったのです。

 20世紀がヨーロッパからアメリカに覇権が移った世紀ならば、21世紀は中国に移る世紀なのかもしれません。そういった意味からも、米中が本気で戦火を交え、38度線でなんとか停戦して終わった朝鮮戦争を振りかえるというのは、いま必要な作業なのかもしれません。また、同時に日本は米国には負けたけれど、中国軍に負けたわけではないと今でも思っていますが、そうした評価も少しは変えていかなければならないのかな、と感じます。あるいは、毛沢東も、自分たちが打ち破ることのできたのは腐敗した蒋介石軍だけではない、という証明が欲しかったのかもしれません。

 戦記ものとしても手に汗握りますし(ハルバースタムはプロの書き手ですから、ちゃんとエンターテイメントの部分も忘れません)、上巻はとにかく好調でした。

 最後は毛沢東と四人組に走狗煮られることになった悲劇の名将・彭徳懐と、マッカーサーのしくじりによって大壊走をはじめた米軍をなんとか持ちこたえさせた知将リッジウェイとの会戦が描かれる下巻も楽しみです。

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Comments

原著にない工夫は魅力的です。是非手に取ってみたいです。
上巻部分で再三参照されているウィリアム・マンチェスター『栄光と夢』は、突如超大国となったアメリカの自画像を描くことに力を入れています。そしてその時期を限りなく遅くに持ってこようと。アメリカのジャーナリストが書く現代史の一つの系譜なのかもしれません。
リッジウェイの回顧録は、現代の戦記の決定版ともいえる一つですね。
アメリカの歴史家による朝鮮戦争ものとしては、ブルース・カミングスが賛否を問わずはずせないでしょう。

Posted by: hisa | October 25, 2009 at 05:37 PM

hisaさん、参考図書のご紹介ありがとうございます
『朝鮮戦争』リッジウェイはすぐに注文しましたが、ブルース・カミングスの『朝鮮戦争の起源』も読んでみましょうかね!
ウィリアム・マンチェスター『栄光と夢』は時間とれるようになってから検討しますw

Posted by: pata | October 26, 2009 at 08:20 AM

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