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October 01, 2009

『戦争を読む』加藤陽子

Sensou_o_yomu

『戦争を読む』加藤陽子、勁草書房

 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』があまりにも良かったので、古いのを読んでみることにしたのですが、いやー、素晴らしい。

 『戦争を読む』では、1930年代を専門に扱う歴史家が選んだ専門書に関する書評とともに、学生時代に《一連の新鮮な義憤と強引な文体は私をいたく感動させ》《ビールで乾杯する時には、「ではでは」「まずまず」などわけのわからないことをつぶやく》までに椎名誠を愛した"活字中毒者"としての一面を見せてくれます。

 例えば、お盆休みは活字中毒者にはツライ、と加藤さんは書きます。なぜか。《せっかくの休みならば、縁側で風に吹かれて寝転がって本を読みたい、だが、久しぶりに話をしようと、虎視眈々とにじり寄ってくる親や親戚の子供たちを友好的に撃退するのは難しい。かくてお盆休みの欲求不満は、休み明けにかくも厚い本を手に取らせることになる》として山根貞男『映画監督深欽二』などを紹介するあたりは名調子。

 《久々の休日。洗いたての糊の効いたシーツに足を滑り込ませつつ、しばしの至福の時を共に過ごす本として何を選ぼうか、と思い巡らす瞬間。これは本好きにとっては重大問題》なんていうあたりも共感できます。

 イラクの対日感情が良いのは、70~80年代にかけての商社マンの活躍によるものという勝谷誠彦『イラク生残記』を読みながら、たった一度だけ専務に反対したために灼熱の砂漠に飛ばされる商社マンを描いた城山三郎『真昼のワンマン・オフィス』に思いをはせる展開も素晴らしいというか硬軟取り混ぜて、いろいろと読んでいるなという印象。

 ま、活字中毒者としての発見はこれぐらいにしておいて…。

 優れた書評集は本何冊分の情報を与えてくれますが、そういった意味でありがたいのは、専門書を扱った「I 本の声を聴く」。

 吉村昭『彰義隊』では、将軍慶喜が倒幕軍へのとりなしで頼ったのは、上野寛永寺の山主となっていた輪王寺宮でしたが、江戸進軍を思いとどまるよう嘆願しにいった有栖川宮の冷徹な態度に怒り、やがては彰義隊の盟主となる、というところまでは知っていても、その後、新政府に帰順し、日清戦争では台湾の前線に出征してマラリアに倒れて陣没するというところまでは知らなかったな…。

 近代性とはなじまないファナティックな天皇崇拝と同時に、冷徹な命令系統の貫徹が実現されていた二律背反さはどこからくるのか、という戸部良一『日本の近代9 逆説の軍隊』は読んでみようと思いました。また、政友会だけによる一党支配が達成できれば、天皇を政争の外に置くことができるという原敬の構想が崩れた結果、軍隊は天皇とどう距離をとればいいのかという問題に悩み、皇軍化していったという指摘はなるほどな、と。

 著者の活字中毒っぷりを初めて感じたのは細谷雄一『大英帝国の外交官』。著者はE.H.カーなど《五人の個性的な愛すべき外交官を取り上げている。どれも珠玉。バカラのグラスを用意する。大きな氷塊を一つ入れ、とっておきのウィスキーを注ぎ、一二回半攪拌し、ベッドへゴー。読書灯をつけ、一日一章ずつ読む。ああ至福、極楽》なんてあたりはいいなぁ。

 永井和『近代日本の軍部と政治』では、陸軍士官学校・海軍兵学校をあわせても創設から70年間で6万人の卒業生しか送り出しておらず、日本は他国と比べても大変に少ない数の軍事エリートに頼ってきた、という視点を初めて知りました。

 大学の先生らしく、本の紹介でも、修士論文の口述試験の歳に受験者に対して言い渡す「論文の主旨、研究史上のメリット、書き足らなかった部分について、三分以内に述べなさい」の形式にのっとって書評の責を果たすなんて言い方も新鮮(p.60、これ知っていたらな…)。

 ポール・クローデル『孤独な帝国 日本の一九二〇年代』も読んでみたいと思った一冊。

 安井三吉『柳条湖事件から盧溝橋事件へ』は、日中戦争の際限のない拡大の理由を現地機関の好戦性に求めてきたが、日本が満洲だけでなく華北も支配下におかねばならないと考えた切迫性がどこにあったのかを明らかにしなければならない、という視点はなるほどな、と。

 松浦正孝『日中戦争期における経済と政治』の、日中戦争の初期段階における決戦が長引き、予想を遙かに超える財・資材・人命が戦争に投ぜられ、金現送まで行わなければならないほどの混乱をみせた時に、金融資本と官僚が協力して為替維持・低物価政策・輸出振興・大企業中心の生産拡充・民間自主統制など戦時経済体制をすみやかに敷くことができなかったなら、戦争は続けられなかったであろという、という指摘は新鮮。その中心となった三井合名理事、日本銀行総裁、大蔵大臣兼商工大臣、池田成彬(せいひん)のことは、もっと知りたいと思いました。

 石川凖吉『国家総動員史』下巻は、こうした国家総動員体制下で培われた技術、組織力が戦後の経済大国を生んだ、としているそうです。著者の意図とは別として、なるほどな、と。

 入江昭『太平洋戦争の起源』では、戦後、日米がスムースに親善関係に移行できた理由は冷戦構造でなく、1920年代にアメリカが蓄積した「国際経済の中で日本は協調的に振る舞うことができる」というイメージによるものだ、というのも、なるほどな、と。

 細谷千博・本間長世・入江昭・波多野澄雄 編 『太平洋戦争』の、日米戦争の大勢は不可逆的だったろうが、独ソ戦に関しては、逆を想定することは困難ではない、という指摘は考えさせられました。まあ、日本の軍部も間違ったぐらいですからね。

 読売新聞戦争責任検証委員会『検証 戦争責任I』では、恵比寿の防衛庁防衛研究所で史料を読んでいた時、レイテ湾に上陸した部隊の乗船名簿が保存されているなら、ぜひ見たいという相談窓口にかかってきた電話を聞きながら想像をふくらませるところが素晴らしい。1923年に生まれた電話の主は、第一師団第57連隊に属していたが、支給された軍服は彼の生まれた年に製造されたものぐらいしか残っていなかった。しかし、満洲に駐屯していたそうした部隊にも、1944年10月には南方転出命令が出て、レイテ島に上陸。相次ぐ激戦と饑餓のために、2541人で出発した人員は114名に激減してしまった。復員後は戦争のことは忘れようと懸命に働いてきたが、今思い出されるのは、レイテ湾に向かった船に共に乗った人々の顔なのだ…というあたりは涙腺係数が高く設定されています。

 長谷川毅『暗闘』では、ポツダム宣言はそれを日本側が拒絶するだろうことを見越して出され、それによってアメリカは原爆投下を正当化し、無条件降伏を迫った、と。一方、樺太と千島を必要としたソ連も対日戦に参戦する必要があり、ソ連を仲介とする終戦に望みをつなぐ日本側に空疎な夢を紡がせ続けた、と。こうしたことを考えれば、日本の降伏が無条件であったか、有条件だったかといった論争は底が浅く、日本は降伏の時間割すら与えられない場所に立たされていたという酷薄な真実を教えてくれる、といいます。

目次

はしがき

I 本の声を聴く

吉村昭 『彰義隊』
伊藤之雄 『明治天皇』
戸部良一 『日本の近代9 逆説の軍隊』
原田敬一 『国民軍の神話』
横手慎二 『日露戦争史』
山室信一 『日露戦争の世紀』
佐々木英昭 『乃木希典』
山口輝臣 『明治神宮の出現』
波多野勝・黒沢文貴・斎藤聖二・櫻井良樹 編集・解題『海軍の外交官 竹下勇日記』
細谷雄一 『大英帝国の外交官』
永井和 『近代日本の軍部と政治』
池井優・波多野勝・黒沢文貴 編 『濱口雄幸日記・隨感録』
麻田貞雄 『両大戦間の日米関係』
川田稔・伊藤之雄 編 『二〇世紀日米関係と東アジア』
ポール・クローデル 『孤独な帝国 日本の一九二〇年代』
ピーター・ドウス、小林英夫 編 『帝国という幻想』
大江志乃夫 『張作霖爆殺』
臼井勝美 『満洲国と国際連盟』
安井三吉 『柳条湖事件から盧溝橋事件へ』
細谷千博・斎藤真・今井清一・蝋山道雄 編『日米関係史 戦争に至る十年』全4巻
劉傑 『日中戦争下の外交』
松浦正孝 『日中戦争期における経済と政治』
石田勇治 編集・翻訳、笠原十九司・吉田裕 編集協力『資料 ドイツ外交官の見た南京事件』
石川凖吉 『国家総動員史』下巻
小澤眞人・NHK取材班 『赤紙』
入江昭 『太平洋戦争の起源』
細谷千博・本間長世・入江昭・波多野澄雄 編 『太平洋戦争』
読売新聞戦争責任検証委員会 『検証 戦争責任I』
高木惣吉 『自伝的日本海軍始末記』
福田和也 『山下奉文』
粕谷一希 『鎮魂 吉田満とその時代』
藤山楢一 『一青年外交官の太平洋戦争』
若井敏明 『平泉澄』
瀬尾育生 『戦争詩論』
長谷川毅 『暗闘』
野中郁次郎・戸部良一・鎌田伸一・寺本義也・杉之尾宜生・村井友秀『戦略の本質』
粟屋憲太郎 『東京裁判への道』上・下
日暮吉延 『東京裁判の国際関係』
粟屋憲太郎・伊香俊哉・小田部雄次・宮崎章 編『東京裁判資料 木戸幸一尋問調書』
山田風太郎 『戦中派復興日記』
ドン・オーバードーファー 『マイク・マンスフィールド』上・下
佐藤優 『国家の罠』
安倍晋三 『美しい国へ』


II 潮流をつかむ

明治維新の再解釈進む
今、日露戦争を振り返る意味
回帰する一九三〇年代論
あの戦争の敗因を学ぶ一〇冊
中国人や韓国人の「満州」を総括して戦後が始まる
日中近現代史と歴史認識
地域が支えた戦没者追悼

III 本はともだち

本はともだち
愛書日記――本よみうり堂
戦争を決意させる瞬間

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