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October 11, 2009

『ダービー!! フットボール28都市の熱狂』

Derby

『ダービー!! フットボール28都市の熱狂』アンディ・ミッテン(著)、澤山大輔(訳)、東邦出版

 ここ数年、サッカー関係の本、雑誌は日本で苦戦しています。フランスワールドカップ出場の時から2002年の日韓ワールドカップの時まで、確かにあったバブルの残り香は今はどこを探しても感じられません。

 もちろん日本代表に対する能力の見極め(2006年の結果を受けて、大部分の人たちが、ガチンコでやったら歯が立たない国が世界には2ダースぐらいいそうだと感じていること)、あれほど期待された2000年ワールドユース組が尻すぼみに終わったこと、Jリーグファン層の高齢化など外部的な要因はあるでしょうが、とどのつまり、紙媒体が売れなくなったのは、対価に見合う情報、感動を得られないからだと思います。だって、ゴーストライターが書いた有名選手の半生記なんて、すぐに読み飽きますって(たかだか20代の選手の半生記なんていうのも、よくよく考えればジョークでしょ)。雑誌にあふれるインタビューだってクラブや選手にチェックを受けなければ出せないようなものばかりならば、中身は退屈なものが多くなるに決まってます。何年も先に読み返そうなんて思うような記事が少なすぎる。

 そこに共通するのはファンの視点の欠如ではないでしょうか。サッカーはDo Sportsであれば選手単独で成立しますが、プロサッカーはファンなくしては存在しえないという事実がキレイに忘れさられているように感じます。

 この『ダービー!! フットボール28都市の熱狂』の口絵は、スキンヘッドのパパの背中に肩車されたフェイエノールトのユニフォームを着た幼い男の子が、眉間に皺をよせて、おそらくアヤックスのファンに中指を突き立てている写真です。この写真ほど内容を雄弁に語っているものはありません。

 オランダで唯一取り上げられているタービーはフェイエノールトvsアヤックス。ここ数年、UCLで活躍したPSVの姿は無視されています。なぜか。フィリップスがメインスポンサーのPSVはいかにUCLでビックチームを破ろうとも「しょせんは企業のチーム」と思われているからです(p.242)。だから、フェイエノールトであり、アヤックスなんでしょう。

 アヤックスはユダヤ人との関連が深く(その多くはたいした根拠は持っていないのですが)、ファンはなぜかそれを誇りに思うようになり、ダビデの星やイスラエルの国旗がビジュアルとして使われるようになってきます。すると、フェイエノールトのファンは、「シュー、シュー」というアウシュビッツを思わせるガスの漏れる音で挑発。さらには、ナチス式敬礼、パレスチナ国旗や、ハマスの歌まで動員します。

 この利用できるものは何でも自分たちで使うという姿勢はブリコラージュ(bricolage) そのもの。レヴィ=ストロースでありませんが、こうしたところからしか「神話的思考」は生まれてきません。

 そして神話はどこまでも広がっていき、深みをみせていきます。

 ハポエル・テル・アビブvsマッカビ・テル・アビブのテル・アビブ・ダービーで、ハポエルのサポーターは「これは戦争だ。何を唄ったって構わない。マッカビが寄って立つものすべてが憎い」と語り(p.145)、あろうことか「ヤツらに、もう一度ホローコストを!」というチャントを唄う始末(p.146)。

 このクラクラするようなレポートを読んで思い出したのは、学生時代のコンパの時、広島県出身者たちが酔っぱらったあげくに恍惚として踊り、歌っていたピカドン音頭。愛憎は常に相半ばし、それが「おもしろきこともなき世をおもしろく」輝かせるんじゃないか、と改めて思いました。まあ、それはそれとして、フランスから逮捕状が出ているロシア人富豪のアルカディ・ガイダマックがイスラエル・リーグのチームを買い取ったということは知りませんでした(その息子のアレクサンドラがポーツマスはポーツマスに出資しましたが、例の金融危機でアラブの富豪に売却したようです)。

 とにかく、世界中で、そうした神話が紡がれているということをこの本は教えてくれます。

 まあ、ぼくが知らなかっただけでしょうが、毎年、クラブ・ワールドカップの常連としてアフリカからやってきていたアル・アハリvsザマレクの戦いがこんなにも激しいものだったということには驚きました。

 また、ある程度は知っていたフェネルバフチェvsガラタサライのイスタンブール・ダビーが、世界中に散ったディアスポラのトルコ人たちの求心力となっているとまでは想像もできませんでした(ついでに言うとガラタサライがフランス語教育のためにつくられた学校を基礎としている上流階級にルーツをもつクラブだということも)。

 《シベリアへようこそ。ここは氷の大地。地元のファンは、生きるためにウォッカをひっかけ、スタジアムにはネオ・ナチがはびこる》というズベズダvsメタルルグ・クズバスの試合は、まさに極北のダービーです(ロシア・リーグはその国土のあまりの広さから、2部チームは5つの地域に分かれて試合を行い、各地域から1チームが"プレミア・リーグ"に昇格するというシステムだそうです)。

 リバプールvsマンUに始まり、マドリーvsバルサ、ニューカッスルvsサンダーランド、レインジャースvsセルティックで終わる28の物語は、世界はサッカーで動いていて、そのダイナミクスはサポーターによってもたらされているということを改めて教えてくれます。

 最後になりますが、翻訳の素晴らしさにも触れておきたいと思います。各章の最後を締めくくる、サポーターの言葉のなんとイキイキしていることか!

 「アーセナルが嫌いだ。心の底からな」(ノースロンドンの嫉妬)
 「チームとは7日に1回しか会わない。だが、オレたちは年がら年中バーラだぜ」(コロンビア・コネクション)
 「次のダービーで何をやるか、もう決めている。毎日そのことばかり考えているよ。ああ、待ちきれないぜ」(愛と憎しみのスプリト)
 「待ちきれねえ」(羊とヤルか、ロバをひくか)

 奥付の訳者の年齢から考えても、これからは日本でも一度はサポーター文化にどっぷり浸かった経験のある者に、サッカー関連のテキストが担われていくんじゃないかと感じました。

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