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July 11, 2009

『ノモンハン戦争』

Nomonhan

『ノモンハン戦争 モンゴルと満洲国』田中克彦、岩波新書

 ノモンハン事件ではなく、ノモンハン戦争。

 モンゴルでは「ハルハ河の戦争」と呼ぶそうです。

 それはともかく、個人的に「ノモンハン事件」といえば、関東軍はソ連のジューコフ元帥によって最終的に係争地を包囲され壊滅的な敗北を喫したにも関わらず、アホな旧陸軍は戦車や重火器、歩兵銃の改良などに手をつけず、しかも敗因はウヤムヤにされ、「事件」だから勝敗もあいまいなままにされた、というようなイメージとなります。

 この『ノモンハン戦争』でありがたかったのは、外蒙古に旧ソ連の衛星国家として独立したモンゴル人民共和国のハルハ族と、内蒙古に残された日本の傀儡政権として独立した満洲国内部のバルガ族やダグール族が、ソ連と日本というそれぞれの後ろ盾の制約を受けつつ、実は汎モンゴル主義による大モンゴルとしての独立を夢見ていた、という要素を教えてくれたこと。

 あと、なるほどな、と思ったのは、清王朝は漢族が牧草地を開墾して表土を散らしてしまうことを恐れ、内蒙古に牧草の理想郷ともいうべきホロンバイルという土地を意識的に残していたそうです。アメリカ人研究者のラティモアも、満州国に引き継がれた遊牧民保護政策には期待をよせていたそうです(p.30)。

 とにかく、旧ソ連と日本は外蒙古と内蒙古の国境線を決めようとして小競り合いを1934年から繰り返してきたのですが(p.80)、そうした中にあって内と外に引き裂かれたモンゴルの人々は部族の違いを乗り越えて連帯しようとして、連絡をとろうとするのです。

 しかし、これがまたサクッとソ連と日本に見つかっちゃって、接触しようとした人たちは全員、殺されたそうですわ。

 日本軍もいろいろやったのですが、旧ソ連というかスターリンはもっとひどいもんですな。

 ノモンハン戦争でのモンゴル人民革命軍の死者は237人だったそうですが、旧ソ連によって国家反逆罪で処刑された者の数は人口70万人に対して2万人にのぼるそうです(p.118)。なんていう比率でしょうか…。また、1921年に独立して以来、歴代の指導者で生涯をまっとうしたのはチョイバルサン首相ただひとりで、あとは全員、粛正されたそうです(p.204)。

 たしかにモンゴル人民共和国は旧ソ連の衛星国家ではあったのですが、モンゴルの人々の心根には、チベット仏教由来で原始共産制は当たり前だという考え方があって、ブリヤート族の知識人などは、モンゴル人には社会主義教育など必要ない、と主張していたというあたりも新鮮(p.153-)。

 これは豆知識ですが《清王朝は、水にゆかりがあることにより、その名「清」にあるサンズイにあわせて満も洲もすべてサンズイのある文字として定めた》(まえがき)そうです。

 また、ノモンハンという語のノムは、ギリシア語のνομοsに起原を持つ「法」「法王」という意味だそうで(p.4)。汎モンゴル主義などの汎も、元はギリシア語のπανからきていることも含めて、ギリシア語の受容というのは面白いテーマだな、と思いました。

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