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May 08, 2009

『富士には月見草 太宰治100の名言・名場面』

Fuji_niwa_tsukmisou

『富士には月見草 太宰治100の名言・名場面』太宰治(長部日出雄編集)、新潮文庫

 今年は太宰治の生誕100年。

 新潮文庫もかなり気合いの入ったアンソロジーを出しました。

 同郷の長部日出雄さんが太宰の名文を選んで解説した『富士には月見草 太宰治100の名言・名場面』。

 太宰治はタイトル、出だし、エンディングが抜群に上手いという長部さんの指摘にはハッとさせられました。

 実は、ぼくみたいに小学校高学年から中学校低学年にかけて太宰治にハマって、その後も好きなんだけど、それほど深くは読んでいない、という人は多いんじゃないかと思うのですが、もし、そんな層をターゲットにしようと新潮社の編集が考えたら、少なくともぼくにはクリーンヒットっつうか、心臓にドキュンです。

 だって、恥ずかしながら『満願』読んでませんでした(そんなんで太宰ファンとか言っててすんません)。

 八月のおわり、私は美しいものを見た。朝、お医者の家の縁側で新聞を読んでいると、私の傍に横坐りに坐っていた奥さんが、
「ああ、うれしそうね。」と小声でそっと囁いた。
 ふと顔をあげると、すぐ眼のまえの小道を、簡単服を着た清潔な姿が、さっさっと飛ぶようにして歩いていった。白いパラソルをくるくるっとまわした。
「けさ、おゆるしが出たのよ。」奥さんは、また、囁く。
 三年、と一口にいっても、――胸が一ぱいになった。年つき経つほど、私には、あの女性の姿が美しく思われる。あれは、お医者の奥さんのさしがねかも知れない。

 という『満願』のラストに《医者が若い夫人に何を禁じ、その日、何のおゆるしが出たのかは、あらためていうまでもないであろうけれど、それが「言外の意味」として表現されたところから、明るいエロチシズムと生きる歓びを、読む者にまざまざと伝える清新な感動が生まれた》という、なんつうか"賛"みたいなものを書く長部さんに共感します。

Dazai_mangan_houhei

 太宰の文章は絵画を感じます(『黄金風景』のラストとか!)。

 だから、この文庫本も、全体のつくりが右頁に絵があって、それに賛をつけるような感じになっている感じ。

 いいんですよねぇ。

 あと、長部さんは太宰治の明るいエロチシズムと笑いを強調するんですが、それはこんなところにあると感じさせられました。

 下男がふたりかかって私にそれを教えたのだが、ある夜、傍に寝ていた母が私の蒲団の動くのを不審がって、なにをしているのか、と私に尋ねた。私はひどく当惑して、腰が痛いからあんまやっているのだ、と返事した。母は、そんなら揉んだらいい、たたいて許りいたって、と眠そうに言った。

 ただ、この引用の取り方はねぇ…。

 確かに、ここだけ取りだせば長部さんの言うようにユーモアも感じるだけど、前後の《母に対しても私は親しめなかった。乳母の乳で育って叔母の懐で大きくなった私は、小学校の二三年のときまで母を知らなかったのである。下男が(中略)》と引用の後の《母への追憶はわびしいものが多い。私が蔵から兄の洋服を出し、それを着て裏庭の花壇の間をぶらぶら歩きながら、私の即興的に作曲する哀調のこもった歌を口ずさんでは涙ぐんでいた》を読むと、吉本隆明さんではありませんが、三島由紀夫と同じように、よくあの年まで生きていたというか、自殺せざるを得なかったんじゃないかと感じますし、そこまで言わなくても、寂しさをまぎらわせてたとしか読めないし…。

Dazai_ha_houhei

 まあ、そんなことはおいといて…。

 で、このアンソロジーが今の時代に有効なのは、iPhoneあるいはiTouchで使えるアプリ「豊平文庫」と組み合わせることができるからなんですよ。

 新潮文庫からは太宰治の短編集や中編小説いっぱい出てます。

 でも、サクッと読もうと思ったら、昔の本棚から捜すの大変じゃないですか?

 先日、庄司薫さんのことをウロ覚えで引用せざるを得なかったんですが、中学校ぐらいのときに読んだ小説って、いまは本棚では二軍扱いっつうか、背表紙さえも見つけられないところにおかれていませんか?

 でも、「豊平文庫」なら、思い立ったら、サクッと作品を選べます。

 しかも、この『葉』のように、タイトル、エピグラフ、書き出しがちゃんと、すべて整っています。

 青空文庫のボランティアの方々には改めて感謝申し上げます。

 で、この本もいいんで、ぜひ。

 で、ですねぇ。こんな本を読んでも、思い出すのは忌野清志郎さんのことなんですよ。

 清志郎さんも、ユーモアを忘れず、人を楽しませてくれた、ということを改めて噛みしめています(プロフィールの写真は青山での葬儀が終わるまで、完全復活祭の時の写真を掲げさせてもらいました)。 

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