« 「万茶ン」のコーヒーとアップルパイ | Main | 「秀寿司」再訪 »

April 25, 2009

『反ユダヤ主義を美術で読む』

Anti_jude_by_arts

『反ユダヤ主義を美術で読む』秦剛平、青土社

 あとがきで秦剛平さんが書いているのですが、これまで、日本の研究者たちは最初の教会史家エウセビオス、最大の神学者アウグスティヌス、プロテスタントのルターたちに関する通り一遍の研究は行っていたとは思いますが、その暗黒面ともいうべき反ユダヤ主義を正面から論じてきていないと思います。

 そうなると、ただでさえ西洋のテキストをやっているのにキリスト教に関する無知が蔓延っている人文系の研究者たちは、ヨーロッパの文明に横たわる反ユダヤ主義の長さ、暗さ、苛烈さを十分理解できないまま、上っ面をなでるような仕事を進める、という結果になるのかもしれません。

 あるいは、西洋の反ユダヤ主義の歴史は、風習の違いを嫌悪する自然発生的な感情を、「神学」で補強してきた過程なのかもしれません。もちろん、補強されれば補強されるほど、その弾圧は陰惨になっていきます。

 秦先生の本は行き当たりばったり感が非常に強い感じがするのですが、この本は、寄せ集めの講義録の割には、よく整理されています。

第1講 ヘレニズム・ローマ時代の反ユダヤ的知識人
第2講 古代アレクサンドリアのポグロム
第3講 新約聖書と反ユダヤ主義
第4講 教会教父と反ユダヤ主義
第5講 エレクシアVSシナゴーグ
第6講 中世のユダヤ人はどう描かれたか?
第7講 キリスト教伝説の中のユダヤ人

 と目次を見ても、キリスト教以前の時代から始まって、初期段階のキリスト教との対立関係、キリスト教が国教となって力をもった時代の弾圧、それが日常的にどう展開され、最後にはナチスによる暴発につながったか、というユダヤ人弾圧の歴史的背景がよくわかります。

 また、最後の第7講でナチスが使用した小学生向けの反ユダヤ教科書の表紙に書かれている「緑の野にいる狐を信用してはならない、誓いをするユダヤ人を信用してはならない」という言葉がルターによるものとは知りませんでした(p.321)。個人的にルターにはまったく興味がなかったし、これからも彼に関する本などは読むつもりもないのですが、いやー、それにしてもなかなか大したもんですw

 個人的に、ユダヤ教の「過ぎ越しの祭り」を意味していたギリシア語のπασχα(パスカ)が、同時期に行われるキリスト教の「復活祭」も指すようになり、それから一転して「過ぎ越しの祭り」の最中に十字架にかけられるイエスの「受難」を意味するようになった、という話は面白かったです(p.128)。

 福音書作家たちが、ローマに受けいれられようとするために、イエスの十字架の責任をローマ総督のピラトではなく、ユダヤ人に帰したために、キリスト教の普及とともに、反ユダヤ主義が蔓延し、そうした暗い過去を自ら忘れ去るためにも、神学的に反ユダヤ主義を先鋭化していった、という過程は、空恐ろしいものです。最初は、権力に媚びを売るというか、静かに弾圧されないためにローマ人はあまり悪く書かなかったり、近親憎悪でユダヤ人をことさら悪く描いたことが、こんな結果を生むなんて、福音書の記者たちも草葉の陰で悔やんでいるかもしれません(ポグロム=大虐殺で殺されたユダヤ人にとっては、それではすまないでしょうが)。

 こうしたことが、ナチスを打倒してヨーロッパを解放したアメリカをして、そのルーツとなっている西洋分文明の暗黒面ともいうべき反ユダヤ主義への深刻な反省を生み、イスラエルへの過度ともいうべき肩入れをさせているのかもしれません。しかし、それは同時に反イスラム的な姿勢を呼んでいるのかもしれず、そういった意味でも、悪の循環を呼んでいるような反ユダヤ主義というのはおぞましいというか罪深いものです。

 あまりふれませんでしたが、そうした反ユダヤ主義を普通の人々にわかりやすく理解させるために描かれた絵画、彫刻は本当におぞましい。スプラッターというか正直、目をそむけたくなるようなものもありましたし、同時に、そうした作品を描く品性というものが、テルトリアヌス(3世紀最大の神学者)が語ったように《天国の最大の喜びは地獄に突き落とされた罪人たちの苦しむさまを見ることにある》というよな心根にいるんだろうな、と感じ、二重に目をそむけたくなります(テルトリアヌスが地獄の責め苦を天国から見物することは《地上のいかなるスペクタクルよりもはるかに喜ばしいスペクタクルだ》と語っているそうですが、いやはや、本当に素晴らしい…p.255)。

 学生さんで西洋哲学をやっているような方がおられたら、必読の書として推薦しておきます。

|

« 「万茶ン」のコーヒーとアップルパイ | Main | 「秀寿司」再訪 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/44794328

Listed below are links to weblogs that reference 『反ユダヤ主義を美術で読む』:

« 「万茶ン」のコーヒーとアップルパイ | Main | 「秀寿司」再訪 »