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April 21, 2009

『忘れられた日本人』宮本常一

Wasurerareta_nihonjin

『忘れられた日本人』宮本常一、岩波文庫

 弘前、青森には『忘れられた日本人』を持っていきました。

 だいぶ前に読んだので、忘れているところもありましたし、改めて気づかされたところも多かった。

 だから、もうこの作品は古典なんだと思います。

 隠居している老人が仕事をしない日には食べないと答えたりする「対馬にて」や、百姓は古米や古々米を喰いつながなければ飢饉の年がしげなかったなんていう「名倉談義」あたりの残酷物語的な話はよく覚えていました。

 しかし、戦前でも所有地が比較的平均している部落の方が多いかったのではないか、というあたりは、読み落としていました(p.61)。

 地主と小作の分化している村は面白がって皆調査するが、後者のような平凡な村はふりむく人がすくない。そこで私はそういう村に目をとめて見ようとしているのであるが、村(部落)の数からすると、あるいはこの方が多いのではないかとさえ思う。名倉はその典型的な一つである。もとより大きい地主の居なかったわけではないが、それが長つづきしていない。そういう村の村人の気風には山の中にあっても近代性が見られるのである。

 宮本さんは、東京に首都が置かれて以来、民俗学的な研究も東日本が多かったので、意識的に西日本を中心に歩き回ったと書いていますが、確かに「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」とうたわれた山形県酒田市を中心とする地主・本間家みたいなのは東日本が多かったんでしょうかね。

 前に読んだ時には土佐源氏や世間師などに驚愕したものですが、今回は田中梅治翁のような篤農家の言葉が心に染みます(pp.279-280)。

 自然ノ美ニ親シミツツ自分ノ土地ヲ耕シツツ、国民ノ大切ノ食料ヲ作ツテヤル、コンナ面白ク愉快ナ仕事ガ外ニ何ガアルカ、年ガ年中降ツテモ照ツテモ野良仕事トイフケレドモ、百姓程余裕ノ多イ仕事ガ外ニ何ガアルカ、一旦苗代ニ種ヲ播イタラ植付迄ノ二ヶ月ハ温泉行、御本山参リ、サテハ親戚訪問出来得ルノハ百姓デハナイカ、植付ヲ終ツテ朝草ヲ刈リ牛ヲ飼ツタラ昼寝ヲユツクリ出来得ルノハ百姓デハナイカ、秋収(穫)ヲ終ヘ、籾ヲ櫃ニ納メ置キ炉辺ニホタヲ燃ヤシツツ藁細工ニ草履ノニ三足モ作ツテ其日ヲ送リ、又仏寺ニ参詣シテ作リ自慢ヲ戦ハシツツ、殆ド三ヶ月ノ呑気暮シノ出来ルノハ百姓デナケレバ真似ノ出来ナイコトデハナイカ。

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