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April 10, 2009

『金融無極化時代を乗り切れ!』

Niwa_uichiro

『金融無極化時代を乗り切れ!』丹羽宇一郎、文藝春秋

 尊敬する丹羽宇一郎さんが、ちゃんと書いた本としては、おそらく『人は仕事で磨かれる』文春文庫以来の本です。奥付が2月になっているのに見逃していたのは不覚でしたが、今回も一気に読んでしまいました。この手の経営者の本はインタビューや講演をまとめたものや、ゴーストライターが大部分を仕上げたようなものなど、劣悪なものも少ないのですが、さすが文藝春秋の編集はしっかりしているといいますか、キチンと情報は入れつつ、抑えるところは抑える、読ませるところはちゃんと読ませるという本づくりをしています。

 丹羽さんの本屋さんの息子として生まれ、名古屋大学に進みますが、在学時は60年安保と重なります。もちろん全学連の闘士として活躍し、逮捕寸前、アルバイト先の新聞社に匿われてことなきを得るなんて体験を『人は仕事で磨かれる』文春文庫なんかで披露していますが、62年の卒業と同時に伊藤忠商事に入社して社長、会長をつとめた人物です。

 「序にかえて」で丹羽さんは《私たちの世代は、一九六〇年から七〇年代にかけての若い頃、安保闘争を経験しました。しかしそれ以降、若者たちは死んでしまったのではないか。未熟であるがゆえにたぎる正義感、あるいは社会や傲慢な強い権力に対する反発心、そうした無鉄砲さが失われてしまっているように見受けられるのです。それを取り戻してほしい。未熟者の無鉄砲さに任せて日本が衰退したら、所詮その程度の国だったということでしょう。しかし私はそうは思いません》とまで書いています。

 もちろん言いっぱなしではありません。丹羽さんは98年に社長に就任し、4000億円の不良資産を特損処理して99年には大赤字を出して報酬を返上。ただそれに終わらず、00年には当時の史上最高益を計上。さらに、よくいる中興の祖とは違って、最初に公約した「任期6年」のどおり04年に会長に退いたんですね。

 ですから、《変化の少ない社会なら高齢者の智恵と経験は役立つでしょうが、過去に培った智恵や体験が逆に支障になるなど変化の激しい不確実な社会では、一般的に言えば、高齢者は役に立たなくなる》として、65歳になったらアドバイザー的な立場になって、70歳を過ぎたら無条件で引き、後進に道を譲るべきだ、と「序にかえて」から熱いメッセージを送っています(今でも電車通勤を続けている丹羽さんは「ケータイばっかりやっているサラリーマンが多く、本読んでいる人間が少なすぎる」とも嘆いているのですが…)。

 さて本書は第1章 「我等「愚かなる動物」が起こした国際金融危機」、第2章「日本は借金大国から脱却せねばならない」、第3章 「何度でも繰り返す。日本には「人と技術」しかない」という構成になっています。

 第1章では、今回の金融危機をドルと金の兌換廃止を決めた1971年8月15日のニクソンショックから説き起こします。担保なき紙幣となったドルの価値は相対的に下落しますが、アメリカの軍事力が抜群であるという「一種の思い込みの世界的共有」を担保としつつも、さまざまなバブルを起こしては崩壊させていく、という大きな流れを描きます。

 そしてバブルの指標としてメインストリート(GDPにあたる実体経済)とウォールストリート(株式時価総額など金融経済)との比率をみていきます。

 ニクソンショック時にアメリカのGDPは1兆ドルでNY証券取引所の株式時価総額は0.6兆ドルでした。つまり10対6で実体経済の方が大きかったわけです。これが1990年代後半のITバブル期には10対12.5と逆転しますが、崩壊後は10対8に戻ります。そして今回の住宅バブル時には10対12と再び、逆転して崩壊します。分かりやすい指標ですし、株、住宅に次ぐバブルはおそらくCO2取引か省エネ技術、太陽光発電、電気自動車にからむ証券ではないかとちゃんと指摘もしています(p.66)。

 さて、今回の金融危機。株式の時価総額に加え、債権の発行残高、貨幣供給量を加えた「金融資産」でみてみると、住宅バブルが起こる前の世界全体のGDPが30兆ドルで金融資産が60兆ドルだったのに対し、2006年には50兆円対180兆ドルまでふくれあがりました。要するにペーパーマネーが3倍になったわけです。では、これがどこまで下がるかということも予想しています。つまり実体経済が50兆ドルなら金融資産は100兆ドルまで縮小するので、株式時価総額は44%下落するのではないかと。さらにNY証券取引所の時価総額もほぼ40%下がっているので、「そろそろ落ち着いてくるのではないか」としています(p.47)。

 しかし、それでも残る問題がひとつある、と丹羽さんは指摘します。それはドルの信用が低下していること。これからもしばらくアメリカを中心とした経済は続くので、1978年にカーター大統領が発行した「カーターボンド」のようなものが必要になってくるのではないか、と予想しています。

 カータボンドは為替リスクはアメリカが持つから買ってくれ、という条件だったので、金利の差だけ儲かります。それならということでドイツ、スイス、日本の協調支援でドルは持ち直しました。

 いまのアメリカも同じように自ら為替リスクを負うという条件で「オバマ・ボンド」を出さざるを得ないのではないかと予想しています。

 丹羽さんは、ドル不信のいま、ブレトン・ウッズ会議の時、ケインズが主張した「バンコール」(Bancor)のような新しい通貨が論議されるかもしれない、とまで書いています。もちろんケインズの主張は、基軸通貨の発行権というシニョリッジ(Seigniorage、君主の特権)を満喫したいアメリカ代表のホワイトによって退けられますが、この時に論議されたような黒字国が共同で積み立てた基金を元にした新しい基軸通貨、あるいは《ドルとユーロとアジアの通貨という三極体制で、地域ごとの通貨の安定を考えていくことになるかもしれません》と書いています(p.83)。

 本来、日本は世界第二位の経済大国として金融安定化に関して、もっと積極的な役割を果たさなければならないのですが、それを阻んでいるのがGDPの1.65倍にも達した借金です。第2章はこうした問題を扱ってします。

 丹羽さんは一貫して食料畑を歩いてきたため、食料問題の重要性に関しても、分かりやすい論議をしてくれています。それが3章。高度成長の恩恵を受けた世代は、70歳ぐらいまでは国にお世話にならずに働け、なんて言葉には、ちょっとドキッとさせられます。

 まあ、2章、3章は読んでのお楽しみ、ということにしてもらいたのですが、丹羽さんは巨大商社出身とはいっても、人の暮らしに直結する大豆などを専門に扱っていたのと、コンビニの買収など第三次産業にしっかり目を向けているから、ものづくり派の多い日本の経済人の中でスッと普通の人々の胸に入るんじゃないでしょうかね。

 ちなみに印税は「国連WFP協会」に寄付するとのこと。まったくどこまでカッコ良いんでしょうか…。

Niwa_subway

 この本もいいんですが、文庫本になってるから『人は仕事で磨かれる』ぐらいは若い社会人、特に新入社員の人たちは読んでおいた方がいいですよ。今年、大学を出て社会人になった知り合いのお子さんには『人は仕事で磨かれる』を贈ったのですが、もし、これを読んでいる新入社員の方がおられたら「人は仕事で磨かれ、読書で磨かれ、人で磨かれる」という丹羽さんのメッセージをぜひ、受け止めてください。

第1章 我等「愚かなる動物」が起こした国際金融危機
金融危機の淵源はニクソン・ショックにある
「腐った肉の混じったコロッケ」が世界中にばら撒かれた
「根拠なき熱狂」が弾け飛んだ
消えてしまった大手の投資銀行
「底値」というものをどう捉えるか
「もうはまだなり、まだはもうなり」
人間ほど非合理的な判断をする生き物はいない:いかなる経済学も答えを出してはくれない
資本主義の暴走を止めるのは「倫理」しかない
汗出せ、知恵出せ、もっと働け!
オバマボンドの可能性
ドルに代わる基軸通貨はあり得るか
無極化の時代、漂流するリーダーシップ
「金融安定化フォーラム」を強化せよ
日本という船は、沈没寸前だ

第2章 日本は借金大国から脱却せねばならない
ナンバーワン借金大国・日本
パッチワーク的改革で終わらせるな!
官僚組織は独占企業体である
変わる社会。変わらぬ行政
誰も歩かない歩道は、心を冷えさせる
地方でもできることは地方で行え!
地方は自立の精神を持て!

第3章 何度でも繰り返す。日本には「人と技術」しかない
「食い逃げ世代」と言われないために
二十一世紀は若者の時代だ
「心の鎖国化」が起きている
人と社会のつながり「ソーシャルキャピタル」を見直せ
「水戦争」はすでに始まっている?
お米だけは絶対に譲ってはならない!
農業は科学の結集である
「High Quality Society」を目指せ!
日本が力を発揮すべき温暖化問題
「混血主義」でアジア市場を狙え!
今こそ日本に「強力なリーダーシップ」を
世界と伍していくために「知恵」を絞れ!

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