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February 20, 2009

『思い出す事など』

Omoidasukoto


『思い出す事など』夏目漱石、岩波文庫

 夏目漱石は胃潰瘍だったらしいんですが、当時は潰瘍を取り除く方法がなかったらしく、転地療養ということで、まだ秘境といわれていた伊豆の修善寺に赴きます。しかし、体調は回復せず、8月25日には大量喀血して、一時は危篤状態となり、生死の境をさまようといった経験をします。

 友人知人、お世話になった人たちに、お礼がてらにこの時のことを説明しつつ感謝するという気持で朝日新聞に連載されたのが『思い出すこと』。完全な身辺雑記ですが、さすがに読ませますし、各章の終わりに掲げられている俳句、漢詩も決まっています。


 。。。。。。。     。。。。。。。    。。。。。。。   。。。。。。。
淋漓絳血腹中文 嘔照黄昏漾綺紋 入夜空疑身是骨 臥牀如石夢寒雲

これは奥さんの浴衣や金だらいに「べっとり吐き懸けた」という大量吐血の後に置かれた「無題」と題する漢詩ですが、吉川幸次郎先生によると、以下のように読めます。

淋漓絳血腹中文(淋漓たり 絳血 復中の文)
嘔照黄昏漾綺紋(嘔は黄昏に照らされて綺紋を漾わす)
入夜空疑身是骨(夜に入って空しく疑う身は是 骨かと)
臥牀如石夢寒雲(牀に臥して 石の如く 寒雲を夢みる)

 『思い出す事など』に収められている十六首の漢詩の全ての字には"。"が付けられています。本文では《詩に圏点のないのは障子に紙が貼っていないような淋しい感じするので、自分で丸を付けた》(p.21)と書いていますが、ぼくはこれだけ読んでも何が何だか、さっぱりわかりませんでした。まあ、そんな無知な人間は少ないのかもしれませんが、吉川先生の『漱石詩注』p.111によると《当時の新聞の漢詩欄では、投稿者の作品に、選者が出来映えに応じて、圏すなわち。、点すなわち,を、字の横にふっていたからである》とのことです。

 当時の新聞には、今の俳句や和歌と同じくらい熱心な漢詩の投稿者を集めていたというのですから、まったく想像もつきませんよね。どれほど変わってしまったのか、と。

 呆然とながら考えるに、こうした漢詩に対する基本的な知識の欠如が、ぼくを含めて教養に自信を持てないことの、大きな原因なのではないかな、みたいな。

 それにしても改めて漢字を盛大に読み間違える大臣には、当初、本当に驚きました。しかし、よくよく考えてみると自分の知識も相当、怪しい。我と我が身を振り返っても、本当にぼくなんか漢字の知識少なすぎますからね。そんなみっともなく惨めな自分の実相(ますがた)を見せつけられているような気がするから、余計にああした映像に過剰反応するのかもしれませんね。そして、すぐに反省して間違いやすい漢字の読み方に関する本なんかがベストセラーになるところが日本社会の勉強熱心さなんでしょう(にしても、アメリカのクエール副大統領がpotatoのスペルを間違ったことでバカにされ続けたように、軽蔑の感情は一度、持たれてしまうと、なかなか払拭されませんよね)。

 ぼくたちが子どもの頃と比べて、西ヨーロッパ言語の修得は、相当、進んだとも感じます。もちろん新たな分野の知識は学ばなければなりませんが、それと同時に東洋で教育を受けた大きな恵みである、漢文、漢詩に対する知識の劣化が生まれたとすれば、あまり喜べたことではないのかもしれません。

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