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February 10, 2009

『漱石の漢詩を読む』

Souseki

『漱石の漢詩を読む』古井由吉、岩波書店

 ぼくたちは、どれだけ漢詩の素養から遠ざかってしまっているんだろう、と絶望的な気持になることがあります。

 日本語という、普段、ぼくたちが考える基礎となっている言語体系が、どれだけ漢詩に依存しているのか、少し考えれば誰でもわかります。でも、そこから離れつつある。これは、とてつもなく大きな問題だと思うのです。

 さらいえば、日本語をあつかう上で、以下の前口上に書かれているようなこともことも日常的にというか不断にやられているわけです。

 古来、一方に和文がある。そして他方に漢文があり、そして漢字熟語にたよる文章があります。漢字とは海外の文字です。これをいちいち和文、和語に変換しながら、われわれは生活を営んでいるわけです(中略)。
 しかも、漢字には一字の内にいろいろな意味が総合されている。われわれは読み取るために、そこから一つの意味を分析して引き出してくる。そうやって日本語という言語が成り立ってきた。これを忘れると日本語は失われるかもしれない。日本語とは、そういう二重言語です(中略)。
 変換したり翻訳する、これには相当な精神のエネルギーがいる。だからまさかの場合、危急の場面に出会って、人の活力が散乱なり低下したりする時、日本語は、言葉を把握する力を失ってしまうおそれがある。変換や翻訳を重ねてはじめて意味をつかむものだからです。

 ぼくは、この言葉のなかに、日本人に多くなった鬱の要因のひとつがかくされているような気がします。

 いろいろ考えたり、場の雰囲気や、TPOを考えて自分なりに翻訳しないと、正しいコミュニケーションがとれない。そうした能力があったとしても、大きなエネルギーが必要で、そうしたバックアップがなくなったり、生体エネルギーが弱ってくるとついていけなくなる、みたいな。

 そんなことを古井さんに教わりつつ、この読んでみたのは、夏目漱石の漢詩には少しだけ興味があったのと、古井由吉さんは昔からのファンだから。

 解説されている漢詩は、主に漱石のふたつの時代。

 ひとつは漱石が胃潰瘍で大量吐血して倒れた後。でも漱石は人となって初めて安静の時を得たという気持ちになり、その心境を漢詩で表現するんですね。

 もうひとつは『明暗』の執筆最中の最晩年。死の直前になって、そうした気持を漢詩に託さざるを得なかった時代の詩。

 例えば、前半。大量吐血して、ひとり病の床から空を眺めている時の詩。


仰臥 人 唖(おし)の如く
黙然として大空を見る
大空に雲動かず
終日 杳(はる)かにして相い同じ

仰臥人如唖
黙然見大空
大空雲不動
終日杳相同


 いいなぁ

 漢詩は日本語の一部です。

 ひとりでも、漢詩を読む人が増えれば、いいと思います。

 「日本語の再生のために」と題したむすびで古井さんは、珍しく政治家の言葉に対して「論理も不明快だし、どこに力点があるかもわからない」と非難します。これには驚きました。「政治家」なんていう言葉を古井さんが使ったのは初めて読んだかもしれませんし。

 まあ、それはおいといて、漢籍に明るかった最後の首相は宮澤さんでしょうか。細川さんも殿様の家柄だから四書の素読ぐらいやらされていたかもしれない。でも、90年代以降、そうした素養をうかがわせてくれるような首相は残念ながらいません。尋常小学校しか出ていなかった田中角栄さんは、それでも日中国交回復で訪中した際に、つたないながらも漢詩を詠みました。しかし、これから当分、漢詩を詠むような首相はあらわれそうにありません。これはリーダーとしての資質の劣化だと思います。日本のリーダー層は少なくとも一千年間ぐらいは、四書の素読からたたき込まれていたのに。

 元ネタとなっている『漱石詩注』吉川幸次郎、岩波文庫と、当時の心境を随筆風にまとめた『思い出す事など 他七篇』 夏目漱石、岩波文庫も注文してしまいました。 ぼくも、絶望的なぐらい漢文の素養は持ち合わせていませんが、それでも、好きな漢詩はいくつかあるので、もっと歳をとったら、漢詩のひとつもつくってみたいな、とは思っています。

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Comments

はじめまして、ごめんくださいませ。
サーフィンしていたらこちらにたどり着きました。
とても漢詩や文学にお詳しいと推察いたします。
さて、お願いなのですが
友達の家で発見した屏風に漢詩が書いてありましたが、何と書いてあるのか全く解りません。
あつかましい話ですが、http://blogs.yahoo.co.jp/oriibu55/53819050.html解読お願いできませんでしょうか?それと意味も教えていただけたらと思いコメントさせていただきました

Posted by: オリーブ | June 11, 2011 at 10:26 AM

はじめまして。
いくつか読める漢字から検索してみましたが、まったく歯が立ちません。
お役に立てずに申し訳ございません…

Posted by: pata | June 11, 2011 at 11:15 AM

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