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February 07, 2009

『ローマ亡き後の地中海世界 下』

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『ローマ亡き後の地中海世界 下』塩野七生、新潮社

 『ローマ人の物語』は年1冊のペースだったので下巻が出るのは年末だと思っていたら、これは早いんですね。塩野さんも文中で何回も書いていますが、特に下巻の扱う範囲では『海の都の物語』『コンスタンティノープルの陥落』『ロードス島攻防記』『レパントの海戦』と既刊書を出していますし、『神の代理人』というローマ教皇の列伝も含めて、ほぼ勉強済みということでしょうか。

 さて、この下巻ですが『コンスタンティノープルの陥落』をおさらいした後、物語が動き始めるのは39頁あたりから。モハメット二世の死後、トルコ帝国は海上戦力を海賊の頭目たちにまかせることにしたことによって、海賊たちの立場が強化され、活動が活発になっていきます。

 これに対抗したのがジェノヴァ人の船長アンドレア・ドーリア。海賊相手に次々と戦果を上げ、やがて新大陸からの金銀を積んできた船が狙われるようになったスペインのカルロス五世の傭兵となってキリスト教側の主力となって戦います。

 しかし、カルロス五世(と塩野さんは記していますが、イスパニア王家としてはカルロス一世、ドイツ皇帝としてはカール五世というのが日本語表記では一般的かな…)の時代は、フランスにはフランソワ一世、トルコにはスレイマン一世(大帝)が並び立つパワーゲームの世紀。このため、なかなか地中海の海賊を一掃することはできません。

 塩野さんはイタリア贔屓なのでカルロス五世というかスペインに対しては辛辣に書いています。例えば、せっかく武力でチェニスを占領しても、その土地の統治に積極的に関与しようとはせずにほったらかしにするだけでなく、海賊たちの拠点アルジェまで攻め入って壊滅的な打撃を与えようとしない、みたいな(p.155-)。また、スペインには近視眼的な政治センスしかないとも評しています(p.335)。

 塩野さんは意識的iに省いていいるんだと思いますが、カルロス五世(在位1516-56)は大変だったですよね。

 イスパニア王となった翌年にはルターが『95箇条の論題』を教会の門に張り出して宗教改革をおっ始めるし、1531年には宗教改革に名を借りて自分たちで税金をしっかり取ることを目的にしたドイツのプロテスタント諸侯がシュマルカルデン同盟なんてのもつくってしまう。フランソワ一世に至っては、1535年にトルコと同盟まで結んで対抗してくる始末。

 カルロス五世はイタリア戦争でフランスに勝ち、ミュールベルグでサクソン公に勝ちますが、せっかく取り戻したドイツも素早く失った後は、疲れ果てたという感じで修道僧となり、イスパニア王位は息子のフェリペ二世に、神聖ローマ帝国を弟フェルディナンドに譲って引退します。その後、スペインは1557年と1560年には国家が破産するのですが、ブローデールなんかは『地中海』で、「対トルコ戦争は、スペインの狂気か?」という一章をわざわざ設けるほどの負担だったんですよね(『地中海 IV』p.122-)。ぼくなんかは、よくやったと思いますよ、スペインは。

 なのに塩野さんは、キリスト教国側勝利のハイライトととなるレパントの海戦でも、ガレー船の漕ぎ手が不足していた国には柔軟に漕ぎ手を貸し与えるなどして連合国の結束をよく保ったドン・ファン・デ・アウストリア(幼名ジェロニモ、フェリペ二世の異母弟)の功績などもほとんどふれていません(漕ぎ手の件に関しては、『地中海 IV』p.370を参照のこと)。魅力的な人物の自画像は必ず載せる塩野さんなのに、こんな色男なドン・ファンを載せないのはあまりにもおかしいと個人的に思うので、チラッと画像をおいておきますw

Don_juan_d_austria_2

 まあ、それはさておき、レパントの海戦に関して《いずれも「海のプロフェッショナル》であることでは同じの、一方は海賊、他方は、常設の海軍を維持していた唯一の国であるヴェネチアの男たちが、初めて正々堂々と正面切って激突した、海戦であった》(p.340)というのはなるほどな、と。

 レパントの海戦は地中海世界で最大で最後の海戦ともなったのですが、1571年のその大勝利のわずか17年後、スペインの無敵艦隊はイングランドに敗れ、時代は大西洋世界に移っていきます(メイフラワー号のアメリカ上陸は1620年)。

 塩野さんはドン・ファンによる1573年のチュニスの攻略失敗などははしょり、拉致されたヴェネチア貴族の娘チェチリアが生んだムラート三世がトルコ帝国の皇帝になるという方向に筆を進めていきます。当時は、キリスト教徒の子どもが海賊たちに連れ去られ、改宗させられた上でトルコ社会で上昇していく例が多かったんですね。

 独特の力量が求められる海賊たちの頭目(中にはトルコ海軍の司令官になる人物も出てきます)でも、有名な人物には元キリスト教徒、ユダヤ教徒などが多かったというんですな。ラストのシナム・パシャ(シチリア人としての名前はスキピオ・チカラ)の話なんかも泣かせます。

 最後にはズラズラと自著の紹介が行われますが、主要作品は別として小品として個人的には、元キリスト教徒の海賊ウルグ・アリとサヴォイア公爵夫人の替え玉となった女官との密かな愛の物語「エメラルド色の海」(新潮文庫『愛の年代記』収録)をお勧めしておきます。

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