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December 15, 2008

『サッカー誰かに話したいちょっといい話』

Yamane

『サッカー 誰かに話したいちょっといい話』いとうやまね、東邦出版

 サッカー本を連チャンで紹介します。「エルゴラ」の連載から、世界各地の名もないサポーターたちの、少年時代の思い出をあつめたもの。

 選択基準なんていうものはおそらくなくって、ランダムに人さまの話を集めたものなのでしょうが、イスラエルに住むユダヤ人も、ケニヤのサバンナを横断して愛するチームを応援しに行く人々も、兵役をやりすごすサッカーを語るイラン人も韓国人も、やっぱり語っているのはボールを蹴る魅力なのであり、それが、もし子どもの頃からのものならば、年老いても、同じ魅力に取り憑かれているに違いないのかな、と。

 いろんな「かつては子どもだった大人」の話が語られているんですが、個人的に印象に残ったのは、バイエルン・ミュンヘンのアカデミーに所属していながら、自分で才能の欠如を自覚していたカールの話。彼は常に動きの悪さを自覚させられていたのですが、雨の降る重いピッチの試合で、唯一のゴールを決め、そしてサッカーからの引退を決意します。これって、囲碁や将棋の内弟子に入った子どもたちが、才能がないと分かると、最後に師匠に負けてもらって、それを土産に故郷に帰る、というような話を思い出しました。

 3得点したらキーパーを交代する 3 and you in という子どもの遊び方があるとか(p.37)、日本にいるパラグアイ人たちが集まってお互いの無事を確認するパラグアイ・カップみたいな試合が行われているとか(p.84-)、ガーナでは70以上の言葉が話されていて同じチームサポーター同士でも意志が通じないことがあるとか(p.126)、世界は広いな、ということがサッカーというたったひとつのゲームから浮かびあがります。

 イスラエルには「マッカビ」という名前のチームがあって、《強そうなのでみんな好んで付ける》というあたりも、実に面白い(p.196)。これは、もちろん旧約聖書に描かれているマカバイ記に由来する話。旧約聖書は基本的に退屈な書が多いけど「マカバイ記1」は例外的に面白い(ただしマカバイ記2は狂信的な信仰が強調されておぞましいw)。しかも、産業革命後、世界の富を握ったイギリスのプロテスタントたちは、日本などの"キリスト教後進国"に対して、聖書の印刷を援助する際、カトリックでは第二聖典という扱いだったマカバイ記などを含む文書群を一緒に印刷したものには補助しないというような、とんでもない政策を行ったものだから、日本などでも「マッカビ」と「マカバイ記」がなかなか一致しないような状況も生まれるわけで、宗教的な文脈と政治力と金銭的な力で世界というのは動いているんだな、ということも改めて感じてしまう次第です(それにしてもアングロサクソンのなんとも強引なやり方というか、ここまでシレッとやるかみたいなものも感じます…)。

 ただ、イスラエルでも安息日なんていうのは案外守られていなかったり、イスラム諸国でも戒律なんていうのは無視されているみたいな話も、明るく語られているのは救いだな、と感じます。

 たったひとつの「サッカー」というモノサシで、様々なことが浮かび上がってくるわけで、やっぱり、このゲームの偉大さを感じるわけです。

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