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December 28, 2008

今年の一冊は『もうひとつの視覚』グッデイル/ミルナー

Sight_unseen

 今年は、書評のお誘いがあって、そうしたところで書いた本に関しては、こちらでは載せておりません。ここで紹介させいただいたのは約110冊、新刊は52冊でした。例年のペースといいますか、書評で読ませていただいた25冊を含めても150冊はいかないのですから、落ちたものです。

 今年は紙媒体が、ますます経営的に追いつめられた年でした。様々な雑誌が廃刊に追い込まれただけでなく、版元、書店も行き詰まってきたところが多くありましたね。

 人文書に関していえば無残のひとこと。

 しかし、霞を喰って生きていくわけにはいかない以上、版元も状況には対応しなければならないと感じます。

 さて、07/12-08/11という書評年度で紹介させていただいた新刊本のうち、印象に残っているといいますか、冬休みにもお勧めできるのは以下の8冊です。

『もうひとつの視覚 見えない視覚はどのように発見されたか』メルヴィン・グッデイル著、デイヴィッド・ミルナー著、鈴木光太郎(訳)、工藤信雄 (訳)、新曜社、2008
『まちがいだらけの自転車えらび―幸福な自転車乗りになるための正しいロードバイクの買いかた』エンゾ早川、双葉書房
『「私はうつ」と言いたがる人たち』香山リカ、PHP新書
『見えないアメリカ』渡辺将人、講談社現代新書
『狩猟と編み籠 対称性人類学II』中沢新一、講談社
『ヘッジファンドの真実』若林秀樹、洋泉社新書
『戦争する脳 破局への病理』計見一雄、平凡社新書
『旧約聖書の誕生』加藤隆、筑摩書房

 そして、この中で最もスゴイと感じたのはグッデイル/ミルナーの『もうひとつの視覚 見えない視覚はどのように発見されたか』でした。いつもの通り、なにも差し上げられませんがパチパチと拍手を。

『日時計の影』中井久夫、みすず書房
《患者との関係を「あたたかく突き放し、冷たく抱き寄せる」と私に言われたことがある》というあたりは印象に残る。

『【信長の戦い1】桶狭間・信長の「奇襲神話」は嘘だった』藤本正行、洋泉社新書
伝統的な「迂回攻撃説」は後代の作である小瀬甫庵『信長記』を元に、旧軍の参謀本部がまとめた『日本戦史・桶狭間役』によって広められものであり、信長が戦争における情報の重要性を知っていたからこそ勝利できたというのは参謀本部が軍人の卵たちにそう教えたかったからにすぎない、とのこと。

『民主党 野望と野合のメカニズム』伊藤惇夫
《鳩山が行う人事はいつも、どこかに奇妙な感じが付きまと》うというあたりは、なるほどな、と思う(p.70)。

『「心の傷」は言ったもん勝ち』中嶋聡、新潮新書
今年、印象に残るトレンドといえば香山リカ『「私はうつ」と言いたがる人たち』とこの本みたいに、鬱病みたいな症状の増加を詐病といいますか、疾病利得として捉える本が出てきたこと。香山リカさんの本も、これも朝青龍の一件から書き始め、「軽症ヒステリー」という言い方で対処してはどうか、という提案を行っている。

『宇宙論入門 誕生から未来へ』佐藤勝彦、岩波新書
LHC(大型ハドロン衝突型加速器)でブラックホールが発見されたら素晴らしいと思う。カラビ・ヤオ空間とブレーン(膜)宇宙のモデル図も初めて見て興奮した。

『もうひとつの視覚 見えない視覚はどのように発見されたか』メルヴィン・グッデイル著、デイヴィッド・ミルナー著、鈴木光太郎(訳)、工藤信雄 (訳)、新曜社、2008
視覚には一般的な知覚表象を作りあげることのほかに、行為を制御するという働きがあることが、よりハッキリとわかる。行為システムが光学的配列をもとにボトムアップ的なやり方で自動的に働くとのことで、これで"無意識的自己からの判断を意識的な自己は〇・五五秒遅れで認識する"というリベ(リベット)の理論の脳生理学的な背景をより深く理解できた。

『ヨハネ福音書のイエス』小林稔、岩波書店
大病したらしく、死を覚悟した時に、人生で一番楽しかった時は岩波版のヨハネを訳していた時だった、とまえがきで書いているのが印象的。

『まちがいだらけの自転車えらび―幸福な自転車乗りになるための正しいロードバイクの買いかた』エンゾ早川、双葉書房
 大メーカーであるシマノを批判するなどリスクを負い、業界以外の普通の人々に対して、わかりやすく書いている点は高く評価する。

『臨床瑣談』中井久夫、みすず書房
《しがらみのなくなった老医》として院内感染に対する患者の自己防衛策、昏睡状態の患者のサルヴェージ方法(これは本当に可能みたいでスゴイ)、丸山ワクチンの入手方法とワクチンに対する肯定的な評価(大学の医学部教授がガンにかかると、助教授が身分を隠してもらいに行くらしい)などを書くという、素晴らしい企画。「月刊みすず」も愛読することに。

『スーパーカーファイル 2』福野礼一郎、双葉社
トランスアクスルの使われるギアの製作過程の描写が素晴らしい。いったん切り出されたギアは、熱した炭化水素ガスの中に投入して炭素をしみ込ませる浸炭を行い、130度の油に投入して急冷する「焼き入れ」をされ、それをもう一度200度の炉に入れて粘りを出すために「焼き戻し」、最終的には小さな鉄球をぶつけるショットブラストで材料表面に「圧縮残留応力」を付与するという(p.30)という念の入れ方には恐れ入る。《これが人間が100年かけてメイク&トライの末に編み出した、高強度の鉄鋼部品を作るひとつの技術である》。

『刑法入門』山口厚、岩波新書
犯罪とは「法によって禁止され、その違反に対して刑罰が課せられる行為である」という原則と、刑罰には生命刑(死刑)、自由刑(懲役、禁錮、拘留)、財産刑(罰金、科料、没収)だけが日本では認められているという概要に始まり、犯罪の成立要件と正当防衛など犯罪が成立しない場合の説明で終わる、という構成。犯罪を「倫理違反」というよりも「利益侵害」として捉える視点の方が有力になっているというあたりも教えられた。

『「私はうつ」と言いたがる人たち』香山リカ、PHP新書
タイトルからして現役の臨床医としては思い切ったものだと思うし、《「ガンバレと口にするのはとにかくタブー」と言葉を選んだりする必要もないのである》(p.192)というのも、この手の本では初めて読んだ。今年は精神疾患に関する、寛容さの終わった年として記憶されるかもしれない。

『自民党政治の終わり』野中尚人、ちくま新書
この本の中で提案されている県会議員が身分を保ったまま国政にうって出られたり、公務員が選挙に立候補しても復職できるように公職選挙法を改正すべきだという議論は面白い(p.173-)。役人天国になるかもしれないが、世襲議員への対抗馬にはなるから。

『見えないアメリカ』渡辺将人、講談社現代新書
今の「ブルーステーツ」と「レッドステーツ」の色分けがどういう経緯で固まっていったのか、そして時々、話題をさらう最近ではペローなどの第三の党を生みだす民衆の力は何を源泉としているのかを、少なくとも「なくとなく分かる」ところまで教えてくれた。

『食の位置づけ そのはじまり』辰巳芳子、東京書籍
あまり理論とか語らず、料理を愛する者たちにつくれよ、と世の女性たちに静かに教えていた辰巳さんが好きだった小生としては、ちょっとがっかり。福岡伸一が『もう牛を食べても安心か』や『生物と無生物のあいだ』で再評価し、紹介しているドイツの生化学者シェーンハイマー(Schoenheimer, 1898-1941)の"動的均衡"理論に傾倒しているのは、いかがなものかと。

『「昭和」を点検する』保阪正康、半藤一利、講談社現代新書
ノモンハン事件に関してソ連はドイツと事を構える前に「いまのうちにちょっと実力のほどを見せつけて日本をビビらせておこう」(p54-)ということで最新兵器をくり出してきた、というあたりの話もわかりやすい。

『小沢一郎総理(仮)への50の質問』小沢一郎、おちまさと、扶桑社
吉本隆明さんも書いているけど、小沢一郎という政治家は、まれにみる正直な政治家だと思う。次の総理をイオン系に譲ったとしても、そうした不安を今の日本社会は抱えているんだ、ということを認識するためにも、この本は読んでも損はなかった。

『新・進化論が変わる』佐川峻、中原英臣、講談ブルーバックス
進化ウイルス説には、門外漢がこうした本を読む際に期待する「センス・オブ・ワンダー」は感じられなかった。

『狩猟と編み籠 対称性人類学II』中沢新一、講談社
古くはプラトンの「洞窟の比喩」(『国家』514A-518B)からして、壁に映された似せられたものとしての「影」を認識することから始めるが、宗教の映画的構造をはっきり理解した人は、フォイエルバッハとのこと。フォイエルバッハが『キリスト教の本質』の中で語っているのは、《人間は自分の心に起こっていることを直接観察することができないので、それを幻灯機のような仕組みを通して、幻想のスクリーンに投影して見ることになる》(p.22-)ということだ、というあたりはしびれました。

『量子力学の解釈問題 実験が示唆する「多世界」の実在』コリン・ブルース、和田純夫(訳)、ブルーバックス
EPRのパラドックスの問題に関して伝統的なコペンハーゲン解釈で「波動関数の収縮」として扱う現象は、多世界解釈では「干渉性(コヒーレンス)の喪失」として扱われ、物理学の世界ではこの多世界解釈を支持する意見が多数を占めるとか。その信じられないことに触れただけでアタマの体操になった。

『零戦と戦艦大和』半藤一利ほか、文春新書
《零戦と戦艦大和は、日本を代表する二大兵器です。どちらも、当時の日本が持っていた最高の科学技術が投入され、国の命運を託されました。日本海軍にとっての太平洋戦争は、零戦が雄飛した真珠湾攻撃に始まり、沖縄戦での大和沈没によって終わったと言っても過言ではないでしょう》と語り始め、《どんなジャンルであれ、世界一のものをつくりあげたという記憶を持っている国はそう多くはありません。やはり大和、零戦は日本国民が誇るべき歴史的な記憶だと思います》《ただ、零戦、大和のような傑作も、使い方を誤ったために、悲劇的な結末を迎えてしまった。優秀な技術も、それを運用する総合的な力がなくては役にたたないという教訓とともに、後世に伝えたいと思います》と結ぶ。

『古代から来た未来人 折口信夫』中沢新一、ちくまプリマー新書
折口信夫は《人間の思考能力を、「別化性能」と「類化性能」のふたつに分けて考えている。ものごとの違いを見抜く能力が「別化性能」であり、一見するとまるで違っているように見えるもののあいだに類似性や共通性を発見するのが「類化性能」》(p.18)であると考えていたというが、これは対称性人類学そのもの。そして古代日本人の考えていた《増えたり減ったりする》神概念であるはタマがり精霊であるというのは『三位一体モデル TRINITY』で展開されていたモチーフ(p.22)。

『軍需物資から見た戦国合戦』盛本昌広、洋泉社新書
 合戦を行うには大量の木や竹が必要だが、無制限に伐採を行うと森林資源が枯渇する。合戦を続けていくため、過度な伐採をしないように、戦国大名は森林資源を管理していた、という"環境マネジメント"を、主に北条氏の文献を中心にみていったのが本書。

『音楽遍歴』小泉純一郎、日本経済新聞出版社
なにかと逆風の小泉元首相がクラシック音楽の遍歴を語った本。小泉さんは本当にタイミングがいい。この本もあと数ヶ月遅れたら、ほんど見向きもされなかったんじゃないかな。シュレーダー首相とバイロイト音楽祭に出かけた話は、或る意味すごい話。

『反哲学入門』木田元、新潮社
読み返してみると、ハイデガーとニーチェについて、ずっとおなじことを言っているような木田先生が、ソクラテス以前以後の西洋哲学史とニーチェ以降の反哲学史を講談のように面白く語ってくれている。

『高度成長 シリーズ日本近現代史 8) 』武田晴人、岩波新書
鳩山首相が勇退の代わりに結んだ日ソ共同宣言の発効と同じ日に日本が80番目の国連加盟国になるなど一連の動きの中でIMFやGATTへの参加も実現した、というあたりの指摘は新鮮(p.27)。《1967年を転機にして、貿易収支は、恒常的に黒字を示すようになり》(p.152)、外貨は好況が持続しても増えるようになった結果、経済が好景気に向かうと、決まって原材料等の輸入が増加し、貿易収支が悪化して「外貨の天井」にぶつかる「ストップ・アンド・ゴー」による景気循環は消滅した、というあたりも、なるほどな、と。

『イエス最後の一週間 マルコ福音書による受難物語』J.D.クロッサン、M.J.ボーグ(著), 浅野淳博(訳) 、教文館
メル・ギブソンの監督作品『パッション』へのリアクション。《ダビデとソロモンの統治下、力と富はエルサレムに集中し始めました。ある意味においてソロモンは新たなファラオとなり、エジプトがイスラエルにおいて再生されたのです》(p.30)という言い切りは良かった。

『「心」が支配される日』斎藤貴男、筑摩書房
「心のノート」なんていのうトンデモ本やインチキそのものの『水からの伝言』がいつの間にか教育現場で使われていることに驚きあきれる。

『世界自動車戦争論1 ブランドの世紀』福野礼一郎、双葉社
連載のモチーフは『最後の自動車ロン』に書いてあった《ハイアール(日本進出の中国家電)の女社長がこんなことを言ってたな。「企業の財産はブランドである。その他すべては負債に等しい」》(p.136)でしょうね。《こんなに思い切りのいい機械を日本人が作ったのは太平洋戦争にボロ負けして以来初めてじゃないかな。こいつは零戦ですよ。(p.8)》と日産のGT-Rをベタ褒めしているのも、商品が生き延びることのできる唯一の条件がブランドになりつつある、ということを示唆している。

『股旅フットボール 地域リーグから見たJリーグ「百年構想」の光と影』宇都宮徹壱、東邦出版
 トップリーグのJ1からすれば4部にあたる地域リーグのチームを取材した連載をまとめた本。サッカーを切り口に、その地域の歴史が鮮やかに浮かび上がっている。

『理性の奪還』アル・ゴア、ランダムハウス講談社
ブッシュ=チェイニー政権は9.11以降、人々の恐怖をあおり立てることによって、独立した個人が理性的に判断するというアメリカ建国以来の民主主義の伝統を破壊しようとしている、と強烈に批判。オバマ勝利を予感させる内容ではあったが、《市民が感情に左右されない冷静な理性を持つ、という啓蒙思想のモデルは、事実上破綻している》(p.51)などペシミスティックな視点も気になった。

『ヘッジファンドの真実』若林秀樹、洋泉社新書
《私の理解ではヘッジファンドとは、狭義の定義になるが、「絶対収益を確保するために、ロングとショート(買いと空売り)を併用し、相場の下落を回避し、要求されるリターンとリスクに応じて、ある程度のレバレッジを利かせるファンド」である》(pp.26-27)とわかりやすい。その歴史についても概観してくれるので、より理解が深まる(p.40-)。にしても、フィノウェイブインベストメンツは生き残って頑張っているんでしょうか。

『昭和の名将と愚将』半藤一利、保阪正康、文春新書
《私は太平洋戦争は薩長が始めて、賊軍が終わらせたという持論なんですよ》《米内正光は盛岡藩、井上成美は仙台藩、鈴木貫太郎が関宿藩》《彼ら賊軍の人は、自分たちが国を造ったという自負がある薩長とは違う視点で、最後に愛国心を発揮して、ここで戦争をやめないと国が滅ぶのでは、と頑張ったんじゃないでしょうか》(p.71)というあたりはなるほどな、と。

『戦争する脳 破局への病理』計見一雄、平凡社新書
大脳皮質固有の傾向はネガティブ・コントロールなので、戦争という重大な決定を行う前にも、それを止めるために綿密な実行計画を練ることで対処しようとするが、そのために活用されるデータの呼び出し手続きを担当するのは《大脳皮質の中でも古い成り立ちをした部位で、大脳新皮質には含まれない下位の部分(海馬辺縁系。リンビック・システムである。下位とは、より情動に近いところであり、好悪愛憎の感情でメモリ表象を色づける。簡単に言えば、都合の悪い記憶は出してくれない》(p.87)。つまり、脳は愛憎なしの判断はできない、と。このことを《戦争遂行脳の役割を引き受けようとする、全てのCEOは、これを肝に銘じてもらいたい》(p.87)というあたりはよかった。

『昭和天皇』原武史、岩波新書
昭和天皇は大正天皇の皇后であり生母の貞明皇后の強い影響を受け、明治期につくられた伝統であるにもかかわらず皇室祭祀に熱心に取組む「祈る昭和天皇」という新しい側面を強調している。

『新左翼とは何だったのか』荒岱介、幻冬舎新書
 粗製濫造が目立つ新書の中にあって洋泉社とともに頑張っている感じの幻冬舎。盛り上がりを欠いた80年代~90年代を新左翼諸派はカネ(自治会費)と場所(学生会館)、独占的な権益(学園祭)、自分たちの天下り先(大学生協)を獲得する利権の場としての学生自治会運動で乗り切ってきた、というカラクリが描かれている。

『占領と改革 シリーズ日本近現代史 7』雨宮昭一、岩波新書
 このシリーズも刊行のピッチが急激に落ちてきて、08年内には終わりませんでした。この本の新味は、米軍による日本占領が成功したのは1)政治的には、敗戦を受けいれる段階で旧陸軍を中心とした国防国家派に対して自由主義派などの反東条連合が政治的に勝利し《統一性を持った政治指導部がすでに形成されていた(p.21)》2)社会経済的には、日本はすでに《国家総動員体制(総力戦体制)によって社会が変革され》《社会関係の平等化、近代化、現代化が進行(p.4)》していたという条件があったからというあたり。

『旧約聖書の誕生』加藤隆、筑摩書房
 千葉大という国立大学で教鞭をとる加藤先生は本職の新約学だけでなく、旧約や教会史などの講義も受け持たなければならず、留学以来、積み重ねてきた勉強をまとめたのが、この本。114頁からの姦淫の妻をもった預言者ホセアに関する文章は感動的*1。

『安原製作所回顧録』安原伸、えい文庫
 今年は雑誌「カメラ工業」も廃刊になったのですが、1990年代に日本のカメラメーカーは銀塩メカニカルな技術では《開発すべき技術がもう無い》(p.90)という壁にぶちあたる。当時、京セラ・コンタックスに勤めていた技術者が、こうした閉塞状況にイヤ気をさして退社、中国のカメラ工場と提携してファブレスメーカーとして独立、「安原一式」という自分の名前を冠したカメラをつくりあげたのはいいけど、二号機の「秋月」の開発遅れの結果、デジタル化の波に押されて会社をたたむまでの話を淡々と回顧した本がこれ。過剰な思いこみなどを廃しているところが〝行動の詩〟を感じさせてくれる。

『世界史なんていらない?』南塚信吾、岩波ブックレット
 小田中先生のサイトで教えてもらって読んだ小冊子。世界史の授業を活性化するヒントというので面白かったのは川上音二郎・貞奴一座の世界興業から見る同時代史(p.50-)。この一座の旅の軌跡からは《近代的な発展をしているバリやニューヨークと、前近代的なツツァーリのロシアと、素朴な民衆の運動である中国の義和団やスーダンのマフディが同時に存在している現実を、ある程度実感できる》(p.54)というのは素晴らしい。

『昭和陸海軍の失敗 彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか』半藤一利、秦郁彦、平間洋一、保阪正康、黒野耐、戸高一成、戸部良一、福田和也
 文藝春秋で不定期連載されているシリーズ。前作の『あの戦争になぜ負けたのか』では国際政治、国内政治と陸海軍という大きく分ければ三つのテーマが語られていましたが、この回は旧帝国陸海軍の組織、人物に焦点を当てている。新しい視点だな、と思ったのは、長州閥でスタートした陸軍が、民主的になった途端に右傾化したということ。それに海軍も《だらしない幹部と、血気にはやる中堅将校の組み合わせで、海軍は内部的には「和」を保ったまま、組織ぐるみで日米戦争に突入していった》こと。

『サッカー 誰かに話したいちょっといい話』いとうやまね、東邦出版
イスラエルでも安息日なんていうのは案外守られていなかったり、イスラム諸国でも戒律なんていうのは無視されているみたいな話も、明るく語られているのは救いだな、と感じる。

『フランコ・ロッシのカルチョイタリア通信』フランコ・ロッシ、酒井うらら(訳)、水曜社
「夢が実現した後は目を覚ましていなければならない」というのはいいな。

『追憶のハルマゲドン』カート・ヴォネガット(著)、浅倉久志(訳)早川書房
《もし、いまの時代にイエスが生きていたら、われわれはおそらく致死注射で彼を殺したでしょう。それが進歩というものです。われわれがイエスを殺す必要にせまられるのは、はじめてイエスが殺されたときと同じ理由、彼の思想がリベラルすぎるからです》というのは酒匂のアフォリズム。つか、イエスを殺しそうな人たちにかぎって宗教でも偉くなっているかなw

『談志映画噺』立川談志、朝日新書
名人芸で懐かしい映画にまつわる噺を語る。

『少年マガジンの黄金時代 特集・記事と大伴昌司の世界』週刊少年マガジン編集部、講談社現代新書
1960年代の特集記事は、意外にもベトナム戦争や難病ものなど辛い記事が多かった、と。しかし、メインは明るい未来ものだった、と。それは子供たちにとって体験できる時間のほとんどが未来であるということと、現実はまだまだ重く悲惨だった、という状況を反映したものではなかったか、という唐沢俊一さんの解説がよかった。

『うつうつひでお日記 その後』吾妻ひでお、角川グループパブリッシング
読書とテレビと散歩の日々は、やはり時代を反映していると思う。

『死ぬまでに飲みたい30本のシャンパン』山本昭彦、講談社+α新書
アンドレ・クルエのシルバー ブリュット(Silver Burut Andre Clouet)がよかった。

『福野礼一郎 スーパーカーファイル』福野礼一郎、双葉社
エンジン組むときフランジに塗る液体パッキンについて、今の日本のメーカーは嫌気性の(空気を遮断すると反応硬化する)シリコン樹脂を使っていて、フランジに塗って貼り合わせて染め込むと、密着した部分だけが硬化してパッキンになり、ハミ出した部分はオイルで洗われて流れる、というシステムでつくっているというあたりは「なるほどなぁ」と(p.186)。

『GRデジタルワークショップ 2』田中長徳、エイ出版社
RAWモード信者を批判している《「絵を造り込む」という「偽アーティストの鼻持ちならない感じ」が嫌いなのである》というのには笑った(p.89)。

『イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました』八木虎造、小学館
 読んだ直後はここ数年で、これだけ心が広々としたというか晴れ晴れした本はないと思ったけど、よく考えてみれば、草野球レベルの選手がいくらイタリアだからといって、いきなりプロ野球の選手になれたというのはちょっとつくっているところがあるんじゃないかな…という印象になっています。

『村上ソングス』村上春樹、中央公論新社
 自分のレコードコレクションから選んだ曲の歌詞を訳し、見開きのエッセイを付けたもの。雑誌「エククァイヤ」に連載した12曲に15曲を加え、さらにイラストを添え和田誠さんが選んだ2曲を加え全29曲のソングブック。

『実況席のサッカー論』山本浩、倉敷保雄、出版芸術社、情報として面白かったのは、フジテレビの『プロ野球ニュース』はニュースでなく番組だということで、《番組だと出演料が発生する》という論法からスポーツ選手へのインタビューに謝礼が出されるようになったという経緯(p.12)。

*1

 
 愛とは何か。


 愛とは捨てないことと言うことができる。愛は関係のあり方にかかわっている。関係が問題となる以上、相手がいる。相手に価値があるならば、その相手と関係をもつ上で愛は特に必要ではない。

 しかし相手に価値がない場合、関係を成立させ維持するほどの価値が相手にない場合はどうだろうか。こうした場合は、相手と関係をもたない、相手との関係を断つ、ということになり、これは合理的なことである。しかしそれでも相手を捨てないとしたどうだろうか。本来ならば捨てて然るべき相手を捨てないのである。これは異常なことであり、これは「愛しているからだ」と言わざるを得ないことになる。

 恋愛の関係を例にして考えてみよう。相手のことが気に入って、いつも一緒にいる。これは「恋している」のであって、右のような意味での「愛」ではない。相手のことが気に入っているのだから、相手に価値があり、その価値に相応の態度を取っているのである。しかし残念ながら、恋はいつかさめてしまう。それで相手と別れてしまう。「あなたには愛がない」というとになる。これは「愛」という語の正しい用法だということができる。恋だけしかなく、愛がないのでは、恋がさめれば、相手と別れてしまうのは当然である。相手に価値がないのに捨てないのが愛であり、恋がさめても捨てないのが愛である。愛がなければ捨ててしまう。

 あなたの相手は、完璧な人、高い価値のある人だろうか。大抵の場合、欠陥だらけの人ではないだろうか。たしかに完璧な人はいない。しかし相手を捨てない。不思議なことではないだろうか。愛があるからだ、ということになる。愛には人間の理解を超えるところがある。

 したがって愛は、人間の合理的であたりまえの態度ではないということになる。とするならば、そこには神が働いていると言うことができるのではないだうか。愛することは割があわないが、愛する相手がいるということはこの上なく幸せなことだというのは、このような意味においてである。

 相手に「君を愛している」というのは、重大な発言である。「愛している」と宣言することは、相手に価値がなくても、相手がいい加減でも、相手を捨てないと宣言していることになってしまう可能性がある。「愛している」と言われるということは、いわば無限の保証の言質をとったようなものだからである。したがってみだりに「君を愛している」などと言うべきではない。それに、そもそも人間には愛を貫けないのである。

 愛は本来的には無限であるはずだが、人には限界があり、したがって人の愛には限界があるからである。単純な博愛主義に偽善的なところがあるのは、このためである。
 

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