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December 04, 2008

『「心の傷」は言ったもん勝ち』

Kokoro_no_kizu

『「心の傷」は言ったもん勝ち』中嶋聡、新潮新書

 今年、印象に残るトレンドといえば香山リカ『「私はうつ」と言いたがる人たち』とこの本みたいに、鬱病みたいな症状の増加を詐病といいますか、疾病利得として捉える本が出てきたことでしょうね。

 まあ、なんでも、ブームといいますか、流れに乗る人たちは多いわけで、いったんカミングアウトしてしまえば鬱とか心の傷とかは、この本みたいに"言ったもん勝ち"になる傾向が際立ってきたと個人的にも感じていますし、そうした陰で、古典的な症状で悩んでいる人たちはますます追いやられている不幸も感じます。

 香山リカさんの本も、これも朝青龍の一件から書き始めているのが印象的。あの一件に関しては「いかがなものか」と思ったという人が多かった、ということでしょうね。

 画期的なのは、こうした問題に関して「軽症ヒステリー」という言い方で対処してはどうか、という提案を行っていること。

 適応障害とかパニック症候群とかそれらしい名前が発明されていますが、こうした婉曲表現はよくないですよね。中嶋先生は「病名が患者を増やす」として、PTSD、多重人格障害、急性ストレス障害、適応障害、パニック障害、全般性不安障害(GAD)、社会不安障害(SAD)やアダルトチルドレン、ギャンブル依存症などの俗称も含めて批判して《全般性不安障害は「不安神経症」の、社会不安障害は「対人恐怖症」の、それぞれほぼ言いかえです。これらは、ヒステリーを転換性障害・解離性障害と言いかえたのと同じく、心因性を示す「神経症」という名称を避けるために作られたところがあります》(p.39)と分析しています。たしかに「解離性障害」というともっもらしいのですが、昔みたい「あ、ヒステリーね」といわれれば、なかなか微妙なもんがありますよね。むしろ、そんな風には呼ばれたくない人たちの方が多いのではないかというか、そうした本来の名称は疾病利得を得ようとする人たちを躊躇させるような機能は果たすのではないかと思います。 

 唯一、個人的には精神分裂病に関しては、計見一雄先生の『統合失調症あるいは精神分裂病』を読んで、確かに精神分裂というより行動計画を作成する統合機能がバラバラになった状態であると理解した方がいいんだろうな、とは思います。しかし、他のはどうなんでしょうかね。本書にも書かれていますが、患者さんが受診しやすいからといって「心療内科クリニック」をうたう病院までもあらわれているのは《高血圧や喘息など、原因または経過において精神的な要素が関係している身体疾患》(p.51)という意味の内科の一部門である心療内科という言葉を誤用しているんじゃないでしょうか。

 とにかく精神科への受診者が増えたことは悪くないとは思いますが、会社をズル休みするための診断書をもらうことを目的にしていたりするケースが増えたとしたら、困ったものだ、と思います。所詮、神ならぬ身であり、会社や団体などもそうした者が集まってつくっている組織ですから、2対8の原則といいますか、本当に仕事をしているのは2割の人間で、残る8割はなんもしてないも同然、という話は経験則からも真実に近いとは思います。単に何もしないのであれば、まだいいとは思いますが、そうした状態に耐えきれず、病というアイデンティティをまとって管理部門に迷惑をかける、なんていうことが増えたとしたら、古典的な精神疾患に対する疑念をも生まれさせるような憂慮すべき事態なんじゃないでしょうか。

 この先生は沖縄でクリニックを開いているそうですが「ギャンブル依存症などは存在しない、やめられないのは意志が弱いせい」(pp.56-)と言い切るあたりは現職の精神科医としては強いな、と感じます。

 まあ、ただ、この先生が言いすぎなのは、そうした傾向を含めて「被害者帝国主義」と名づけて批判していること。だから、本書の2/3はそこまでは言えないんじゃないのっつうか、言い過ぎなんじゃないのと感じました。

 しかし、実際に同僚の詐病によって増えた業務で苦しんでいるサラリーマンは個人的にも増えていると感じていますし、『「心の傷」は言ったもん勝ち』という風潮が厳しい批判の目にさらされはじめているんじゃないか、とも思います。

 この日本という社会は急激に動きますから、願わくば、そうした傾向が、本当に苦しんでいる方々の負担をさらに増すようなことならなければ、と願うばかりです。

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