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December 27, 2008

『ローマ亡き後の地中海世界』

Post_roma

『ローマ亡き後の地中海世界』塩野七生、新潮社

 『ローマ人の物語』が06年12月に終わって、塩野さんはたった1年間しか休みをおかずに(執筆に1年をかけるというペースは変わっていないと思いますので)、続編ともいうべき『ローマ亡き後の地中海世界』を上梓してくれました。なんか文句を言ったこともありますが、やっぱり、あの15年間というのは、楽しみだったわけで、さらに、そのオマケまでついてくるなんて本当に嬉しい。しかも、来年には下巻が準備されています。

 さて、『ローマ亡き後の地中海世界』の上巻をひとことで要約しろと言われたら、聖戦に名を借りたイスラム教徒による海賊行為に苦しめられたローマ亡き後の地中海世界で、イタリアの海洋国家都市が力をつけて、サラセンの海賊を駆逐し始めるまでを描いている、と答えます。やや、テロとの戦いや拉致問題などの話に引っ張られるているのかな…と思ってしまうような記述もありますが、異教徒を、まあ殺してしまえ、という『コーラン』の内容もあるから仕方ないかな、とも感じます*1。

 下巻の目次も発表されていまして、それをみると、西欧が徐々に地中海世界を取り戻し、「レパントの海戦」でトルコに勝利し、やがて大西洋に出て行くというところで終わるのかな、という感じです。

 塩野さんの作品ではローマを除けば最高傑作だと思うヴェネチア共和国を描いた『海の都の物語』にもチラッと海賊の話と対トルコ戦争は出てきますが、ヴェネチアが相手にした海賊はスラブ民族ですし、雌雄を決したのも"原アラブ"ではないトルコです。

 ですから『ローマ亡き後の地中海世界』は『ローマ人の物語』と『海の都の物語』の空白期間を埋める作品とも言えるかもしれません。

 それにしても、その空白期間というのが、これほどイスラムによる海賊行為に彩られていたとは、ちょっと驚きです。

*1
 旧約聖書の出エジプト記やヨシュア記もゾッとしますが、『コーラン』も同じようにゾッとするようなところがあって、旧約と同じぐらい好きにはなれません。

 塩野さんがあげているのは《戦いに行け、聖書の真の教えを誤って信仰している民(ユダヤ、キリスト教徒)に向かって》(悔い改めの章29-30節)と《不信仰の徒に出会ったときは、大量の血を流させ、捕囚をつなぐ鎖を締めつけよ》(ムハマンドの章47節)だけですが、他にも一杯素晴らしいところがありますもんね…。

《神の道のために、おまえたちに敵する者と戦え。しかし、度を越して挑んではならない。神は度を越す者を愛したまわない。おまえたちの出あったところで彼らを殺せ。おまえたちが追放されたところから彼らを追放せよ。迫害は殺害より悪い。しかし、彼らがおまえたちに戦いをしかけないかぎり、聖なる礼拝堂のあたりで戦ってはならない。もし彼らが戦いをしかけるならば、彼らを殺せ。不信者の報いはこうなるのだ。しかし、彼らがやめたならば、神は寛容にして慈悲ぶかいお方である。迫害がなくなるまで、宗教が神のものになるまで、彼らと戦え。しかし、彼らがやめたならば、無法者にたいしては別として、敵意は無用である。神聖月には神聖月を、聖なるものには聖なるものを、これが報復である。それゆえ、おまえたちに無法を行なう者には、なされたとおりに無法を行なえ。そして神を畏れかしこめ。神は畏れかしこむ者とともにあらせられることを知れ》(雌牛の章190~194)

《「神は、すなわちマリヤの子メシヤである」などと言う者どもはすでに背信者である。しかも、メシヤは言っているではないか、「イスラエルの子らよ、私の主にしておまえたちの主なる神を崇めよ」。神に他のものを併置する者には、神は楽園にはいるのを禁じたもう。その住むところは業火である。不義の徒にはいかなる救い手もない。「まことに神は三者のうちのお一人」などと言う人々はすでに背信者である。唯一なる神のほかにいかなる神もない。そんなことを言うのをやめないと、信仰にそむく者どもにはかならず痛烈な懲罰がふりかかるであろう。彼らは、神に悔い改めて赦しを乞おうともしないのか。神は寛容にして慈悲深いお方であるのに。『マリヤの子メシヤは、ただの使徒にすぎない。彼より以前にも多くの使徒が出た。また、彼の母は誠実な女であったにすぎない。両人とも食べ物を食べていたのである。われらがいかに彼らにしるしを明らかにしてやっているかを見よ。しかも、彼らがいかに惑わされるかを見よ。言ってやれ、「おまえたちは神をさしおいて、害するにも益するにもままにならないようなものを崇めるのか。神こそあまねく聞き、よく知りたもうお方である》(食卓の章72~76)

《イスラエルの子らの中で不信仰な者どもは、ダビデやマリアの子イエスの舌によって呪われた。それは、彼らが背いて罪を犯し続けたからである。彼らは自分たちの行った忌まわしいことを、互いに禁じようともしなかった。彼らの行ったことのなんと悪いことよ》(食卓の章78~79)

《啓典を授かっていながら、神と終末の日を信じようとはせず、神と使徒の禁じたものを禁断せず、真実の宗教を奉じない者に対しては、彼らがへり下って自発的に人頭税(ジズヤ)を納めるまで戦え》(悔い改めの章29)

 まあ、歴史というもんがありますから、キリスト教会もすぐに旧約聖書を捨てることはできないでしょうが、少なくとも教会で読むことはやめるぐらいした方がいいんじゃないかと思うんですがね…。これと同じぐらいヤバイところありますからねぇ、旧約にも。まあ、一般信徒にはあまり読み聞かせはしないでしょうがw

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Tracked on December 28, 2008 at 03:51 AM

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