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August 04, 2008

『蟹工船』と新貧困社会

Bungeishunju0807

 文藝春秋の7月号に、吉本隆明さんが「『蟹工船』と新貧困社会」と題して書いていました。

 内容をサマライズすると、以下のようになります。

 今の日本は4~5年前から第二の敗戦期とも呼べるような状況になってきたんじゃないか、と。食うや食わずの貧しい時代が近づいている感じがする、と。同時に親子・家族間の殺人事件が目立って増えてきた、と。これは資本主義勃興期に肺結核が国民病となったように、高度な資本主義社会となった日本の社会から受ける無形の圧迫によって、鬱病が増えてきたからだ、と。

 しかし、今の大衆は本当の飢えを知らない。貧困の中での子育ても知らない。まだ比喩的な要素が強いが、プアだということに文句を言ってもらえる労働組合もダメになってしまっていることも大きな問題だ、と。ワーキングプアの現状が打破できない絶望感が蔓延している、と。

 そんな中で斡旋屋に引っ張り回される『蟹工船』に共感しているのかな、と。プロレタリア文学でいい作家は小林多喜二と中野重治だけで、小林多喜二の作品の中で最も良い作品が『蟹工船』だ、と。しかし、作品自体としてみた場合、珍しい主題で面白く書いたという域は出てない。世界的なレベルの作品、例えば定年の年齢に差し掛かった団塊の世代を中心に読まれていて80万部も売っている新訳の『カラマーゾフの兄弟』なんか比べると落ちる、と。『カラマーゾフの兄弟』が読まれるのも、おなじような将来に対する不安があるからだとう、と。しかし、今の若者にとって、同時代の作家で世界的にも最も優秀な村上春樹の作品よりも小林多喜二の方が切実なのは事実かもしれない、と。

 グローバル化の問題のひとつは中国政府が疎開政策をとっていて、安い賃金で中国労働者を先進国の企業に提供して、上前をハネているという巨大な斡旋屋となっていることだが、とにかく『蟹工船』や『カラマーゾフの兄弟』が読まれているのはなんかの変化の兆候だろう、と。

 その中で思い出してほしいのが、沈黙だ、と。ネットやケータイでいくらコミュニケーションをとったって、ホンモノの言葉を捕まえたという実感は持てないんじゃないか。若い詩人や作家の作品を読んで、それを感じる。

 以下はラストの部分の引用です。

 言語はコミュニケーションの手段や機能ではない。それは枝葉の問題であって、根幹は沈黙だよ、と。沈黙とか、内心の言葉を主体として、自己が自己と問答することです。自分が心の中で自分に言葉を発し、問いかけることが、まず根底にあるんです。

 友人同士でひっきりなしにメールで、いつまでも他愛のないおしゃべりを続けてていも、言葉の根も幹も育ちません。それは貧しい木の先についた、貧しい葉っぱのようなものなのです。

 本質は沈黙にあるということ、そのことを根底的に考えること。僕が若い人に言えるとしたら、それしかありません。


Through_the_narrow_gate

 以上ですが、この議論で思い出したのがカレン・アームストロング『狭き門を通って 「神」からの離脱』柏書房、1996。彼女はイギリス生まれのカソリック。17歳で修道女に志願し、6年間の苦闘の末に、世俗の世界に戻ります。西暦でいえば、1962年から69年まで。女工哀史的な修道院での仕打ちは確かに「普通、耐えられんだろな」と思いますが、ぼくは、それより、一番印象に残ったフーズは気心の会った修道女と《ふたりわかちあった沈黙が一瞬あった》(p.406)というところでした。

 しかし、『狭き門を通って』を思い出してしまうというのも、共産党という組織と教会という組織が実は似まくっていることの証でしょうか。

 この他にも、ある方から教えられて、「論座」の9月号で浅尾大輔という日本共産党のソフト路線部門を受け持っているような人間が吉本隆明さんと対談しているのも立ち読みしましたが、まだ新日文といいますか民主文学会の連中は「蟹工船を超える文学が書けない」なんてレベルなのかな、と驚きあきれました。

 だいたい、今の時期にちょっと売れたからといって『蟹工船』ブームに乗ろうなんていういう意識は見てられません。労組が『蟹工船』のマンガを売ろうなんてことしているのも、なんつうか、軍歌を歌っていい気になってるような人間と変わらないでしょ。アナクロもいいとこ。同時に的場昭弘の『超訳『資本論』』祥伝社新書のように、単なる解説書を安直に『超訳』とか名前を冠して売ろうなんていうのには、ちょっと前衛さまの品格はどこに行ったんでしょうか…みたいな感じです。

 まったく、このまま尻すぼみに終わったら、小林多喜二も草場の陰で泣きますよw

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