『音楽遍歴』小泉純一郎
『音楽遍歴』小泉純一郎、日本経済新聞出版社
また新しい新書が加わりました。日本経済新聞出版社の日経プレミアシリーズです。その記念すべき第一回配本ということなんでしょうか、なんと著者は小泉元首相。版元の思惑はあとがきであけすけに綴られています。《まだ「首相の舞台裏」を語るには記憶が生々し過ぎるのか、一切の回顧録を拒んでいる小泉さんも、音楽の話なら、いくらでも語って下さるのではないか》(p.196)。小泉回顧録狙いの布石ということで聞き語りが行われた、ということなんでしょうな。
小泉さんはヴァイオリン曲からクラシックに目覚めたんですねぇ。中学校のオーケストラでヴァイオリンを弾き、「おもちゃの交響曲」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を演奏し、高校生ぐらいまでは一生懸命やっていた、と。聴いて初めて好きになったのはメンコン(メンデルスゾーンのヴァイオリン・コンチェルト)。以降、とにかくヴァイオリン協奏曲を聴きまくり、好きな作品に出会ったら、その作曲家の他の作品も聴いてみる、という方法で耳を慣らしていったそうです。リピンスキ、ド・ベリオ、コルンゴルド、バーバーなども聴くというのだから大したもんです。
議員になってからは、じっくり聴くことが難しくなってきたので、もっぱら自室やクルマの中でBGMとしてクラシックを流し、いい曲だなと思ったらメモして覚えていくというスタイルでだそうで。
オーディオ、演奏家にはあまりこだわらないというあたりもなるほどなぁ、と。
指揮者について
《オーケストラの指揮者を政治の世界の首相にたとえることがあるが、それはまったく別だと思う。
指揮者は楽譜の細部まで勉強して、ごとをどう歌わせようなど楽員と一緒になって協力する。アンサンブルを整えるのは大変だろうけれど、楽員はみな、指揮者の言うことを聞こうとする。
しかし、政界は野党もいるし、首相に反対する人はたくさんいる》(p.52)
なんて語っていますが、ここらあたりは実感なんでしょうねぇ。
小泉元首相と音楽のかかわりのハイライトといったら、シュレーダー首相とバイロイト音楽祭に出かけた話でしょう。戦後。ドイツの現役首相がバイロイトに現れたのは、この日が初めてということもあって、観衆も拍手で迎えたそうですが、小泉さんもシレッといろんなことをやってきたと思いますよ。で、劇場に入っても歓迎の観衆が外にいるからということで、小泉首相は二階正面のバルコニーに立って手を振ったそうですが、シュレーダーは出てこない。小泉元首相が「なぜ出ない」と訊いたら「ヒトラーも同じ場所に立っていたから」だというんですねぇ。シュレーダーにとっては、バイロイトに出かけることだけでもいっぱいいっぱいだったんでしょう。
「オペラは愛だ」とかいいながらオペラについても一生懸命語っていますが、ちょっとピンときませんでした。
郵政改革の時には、ミュージカル「ラ・マンチャの男」の「見果てぬ夢」を口ずさみながら抵抗勢力と戦ったというあたりをフィナーレにもってくるのは、お約束でしょうか。
本人の語りは137頁まで。あとは解説というつくりだけど、まあ、通勤の帰りに読む分には楽しませてもらいました。
《総理大臣の職責から解放されて、もう数多(あまた)の敵と闘う必要はない。これからは埋もれている名曲や新しい名曲を求めて遍歴の旅に出かけようと思っている》という最後はカッコつけすぎだと思うけど、日本の首相にも、これぐらい語る人が出てきたのかなと思う反面、宮沢さんあたりでも、ここまでは語らなかったろうな、とも感じます。
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