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April 27, 2008

『おんなのことば』

Onnano_kotoba

『おんなのことば』茨木のり子、童話屋

 童話屋というか田中和雄さんによる、茨木のり子アンソロジーは『女がひとり頬杖をついて』を最初に読んだのですが、その後書きで引用されている茨木さんの金子光晴さんへのオマージュが素敵でした*1。

 《皆にはまだはっきりとは意識されていないけれども、この人の存在そのものが、日本を深いところで支えている大きな手の一つであることを、時は次第に解明してゆくだろう。この人ほど人間を深いところで愛し、日本人を底深いところでいとおしんでいる人も稀なのだ》というのがその文章でしたが、これはそのまま茨木のり子さんにもあてはまると思いました。

 なぜか多くの方々が知っている彼女の詩は『自分の感受性くらい』でしょう。詩の場合、全てを引用するのはなしだと思っていますので、今回も多くの方に買っていただきたいので後半だけを…。

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


 後は個人的に、『一人は賑やか』の一節が心に残りました。

一人でいるのは賑やかだ
誓って負けおしみなんかじゃない

一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったら なお淋しい

*1
『洗面器』「LS100004.WAV」をダウンロード

(僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思ってゐた。ところが爪哇人たちは、それに羊や、魚や、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木の木陰でお客を待ってゐるし、その同じ洗面器にまたがって広東の女たちは、標客の目の前で不浄をきよめ、しゃぼりしゃぼりとさびしい音をたてて尿をする。)

洗面器のなかの
さびしい音よ。
くれてゆく岬(タンジョン)の
雨の碇泊(とまり)。

ゆれて、
傾いて、
疲れたこころに
いつまでもはなれぬひびきよ。

人の生のつづくかぎり
耳よ。おぬしは聴くべし。

洗面器のなかの
音のさびしさを。

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