『キリスト教聖書としての七十人訳』
『キリスト教聖書としての七十人訳 その前史と正典としての問題』マルティン・ヘンゲル著、土岐健治、湯川郁子訳、教文館、2005
加藤隆先生の『旧約聖書の誕生』を読んで、久々に旧約聖書に関する問題に興味が湧いてきました。とはいってもモーセ五書や詩編などは相変わらず興味はなく、カトリックでいう第二正典といいますか新共同訳では続編と呼ばれている『マカバイ記1』や『シラ書』などの文書群だけに興味は集中しています。
ユダヤ人たちがディアスポラに散り、なぜか文書をヘブライ語で書かなくなり、アラム語あるいはギリシア語を話すユダヤ人が多くなった時期に書かれた文書群で、イエスの時代を準備するみたいな時期の雰囲気がすごく伝わってきます。なぜかルターがキリスト教徒たちを自分たちの共同体から追放したラビたちのように、こうしたギリシア語や一部ラテン語で書かれた文書群を正典から外したため(まあ、自分たちはそれまでの西方教会とは違うんだという党派性を際だたせたかったからでしょうが)、プロテスタントの中には、よほどヘブライ語で書かれた旧約聖書よりも面白いこうしたテキストを読んでいない方々も多いようで、食わず嫌いというのはもったいないな、と思うのですが、そんなことはさておき…。
とにかく第二正典といいますか続編は、初期キリスト教徒たちが使っていたヘブライ語の旧約聖書のギリシア語訳である『七十人訳(LXX)』に入っていまして、いまでも正教会といいますか東方教会の方々は七十人訳が旧約本体という場合もあるわけで、大きな影響力を持っていると思います。だいたい、死海文書が見つかる前までは、ヘブライ語の聖書の最古の写本は1008年のレニングラード写本だったわけで、ギリシア語とはいえヴァティカン写本、シナイ写本、アレクサンドリア写本などキリスト教の新旧約聖書のほぼ完全な写本に入っている七十人訳の方が圧倒的に古いわけです。
この本はそうした七十人訳について、新約学で手堅い印象のあるマルティン・ヘンゲル教授が《広範囲の概略》(p.13)を示してくれた本です。加藤先生も新約学が専門ながら旧約について書きましたが、ヘンゲル先生も新約が専門ながら《その領域はLXX研究の専門家によって完全に支配されている》七十人訳についてコンパクトで分かりやすい入門書を書いてくれたと思います。
改めて思うのは、ユダヤ教のラビたちがLXXを拒絶した理由はヘブライ語のイザヤ7:14の「見よ、乙女がみごもるであろう」の乙女をη παρθενοs(処女)と訳していることが、処女降臨の根拠となっているからなんだろうな、ということです*1。ユスティノスはLXXの権威に固執しますが、論争相手のユダヤ人トリュフォンはη ηεανιs(若い娘)という訳を支持するなどの論争も行われますが、やがてユダヤ人側は聖書を改ざんしているという非難をつよめていきます(p.25-)。そして、ユダヤ人たちがLXXから距離を置くことによって《もっぱら(異論の余地なく)教会の文書とする結果を招いた》(p.34)、と。《キリスト教化されたLXXのみが、教会が旧約聖書に固着することを許していたという事実は、特筆されなければならない》(p.42)とされますが、イザヤ7:14がなかったら、キリスト教徒はここまで旧約を大切にしていたんでしょうかね…。
その後もアクィラによる新しいギリシア語訳も出ますが、日本人の古いクリスチャンたちが文語訳を好むように、初期のキリスト教徒たちもLXXが好きだったんですかねぇ(p.40)。
また、パウロが自分の師匠だとしていた《ガマリエル1世はヨブ記のタルグムの流通を禁じていた》(p.51)というのは知らなかったな…。
まだ書きますが、今回はこれぐらいで…
*1
イザ 7:14
それゆえ、わたしの主が御自らあなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産みその名をインマヌエルと呼ぶ。(新共同訳)
それゆえ、主自らがあなたたちに徴(しるし)をお与えになる。見よ、若い女が身ごもり、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。(岩波版)
岩波版の註は《マソラ本文のアルマーは七十人訳のpartheos、ウルガータのvirgo以後「処女」の意味に取られ、キリストの処女降臨の預言と解されて来た(創24:43併照)が、最近では箴30:19や雅6:8などの用例に鑑み、単に「若い女」(しかも既婚の)と解されることの方が多い》とあります。
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Comments
七十人訳は誤訳ではなく、死海文書により別系統の文書群であったことが明らかになっています。
Posted by: ああああ | March 20, 2018 07:11 PM
どーも。色々、このサイトには書いてありますので、参考に勉強してみてください。
Posted by: pata | March 22, 2018 09:06 AM