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January 22, 2008

『大学』雑感

Daigaku_chuyo

『大学・中庸』金谷治注、岩波文庫

 勝手読みかもしれませんが『中国思想史』で、儒学は朱子が君主論として最終的に再編したが、陽明学はそれを在野の知識人向けに読み直し「万国の(中国は世界帝国ですから)知識人よ覚醒せよ」とアジり、それに辛亥革命の地方財閥や軍閥の中心人物や、明治維新で活躍した人たちも呼応した…みたいな見取り図が頭に浮かんできたもので、四書ぐらい読み直してから陽明学の本でもチラッとあたってみようかと思っています。

 ということで『大学』。岩波文庫では『大学・中庸』で一冊になっているぐらいの短いテキストです。

 本格的に東洋思想を勉強したことはないのですが、漢詩は好きでしたし、中国の古典ぐらいは読んでおくか…みたいな感じで、学生時代に読んだことはありましたが、「小人閒居為不善(小人閒居して不善を為す)」や「雖不中不遠(中らずと雖ども遠からず)」のオリジナルなのかと思ったぐらいでした。しかし、読み直すといろいろなことが頭に浮かんできます。

 今の岩波文庫の『大学・中庸』は金谷治先生の解説がいいですね。

《『礼記』四十九篇のなかでその第四十二篇として編入されていたものを、同様にその第三十一篇として含まれていた『中庸』とともにぬき出して、『論語』『孟子』と並べて「四書」として尊重したのは、南宋の朱熹(1130-1200)、あり朱子学の大成者であった。『大学』は朱子によってこそ、初めて儒学の特別に重要な経典となったのである》(p.16)

 実に明解です。さらに朱子は《旧本の本文そのものに乱れがあるとしてそれを改め、文章の順序をおおはばにいれかえたばかりでなく、脱文があるとして長い文章を補ったりしたのである。その補った文章というのは「大学補伝」と呼ばれるものであって、「八条目」の出発点とされる「至知・格物」についての特別な解釈》を行ってしまうのですから大胆です。

 つまらぬ雑感にはなりますが、いくつか…。

 解説文の最初の「如好好色(好色を好むが如く)」の解釈は金谷先生によるとこうです。

《上文で述べた「自分の意念(おもい)を誠実にする」というのは、自分で自分をごまかさないことである。たとえば〔だれもが〕臭いにおいを嫌うように〔悪いことはすなおに悪いとして追放〕し、美しい色を愛するように〔善いことはすなおに善いとして追求〕するのだ。そのようにすることが、われとわが心を満ち足りたものとすることになる。そこで、君子は必ず内なる己れ自身(意念)を慎んで修めるのである》

 しかし、もっと大らかな意味も含まれているんじゃないですかね。どうなんでしょう。旧約聖書の「雅歌」みたいなといいますか。

 あと、これもつまらぬ感想になるかもしれませんが「苟日新、日日新、又日新(苟に日は新たに、日々は新たに、又日に新たなれ)」というのはなんとポジティブな…という感じですよね。さきほどの「雅歌」とは反対に「日の下に、新しきものなし」というコヘレトの言葉とは真逆だなと感じます。

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