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January 31, 2008

外海の旅

Garasya4

 ガラシャでは当然のように飲み過ぎてしまい、素早く就寝。

 温泉では、夜中に起きて、大浴場でバタフライの練習をするのが小生のお約束なのですが、ここのおフロはちょっとバタフライには適さない大きさなので、背泳ぎで二かきぐらいでお茶を濁しつつ、大好きになったお湯を堪能しました。

 朝食もちゃんとつくってくれています。何回も同じことを言ってしまいますが、なんで旅館の朝ご飯ってこんなに美味しいんでしょうか。おもわずご飯をおかわり。

 本来でしたら、富岡から茂木へフェリーが運航されているのですが、この時期には船がドック入りしていて運休。

 ということで朝8時45分の鬼池発口之津行き島鉄フェリーに乗るべく出発。朝食時間を少し早めてもらったおかげでドンピシャで到着。この時点で〝勝利の予感〟がしましたね。「また来るよぉ」と天草に別れを惜しむ間もなくフェリーは30分で島原に着きます。

 前日は諫早湾の側から時計回りで、有明海沿いに口之津に南下してきたのですが、今回は一筆書きのように、まだ通っていない天草灘というか千々石湾沿いに北上します。

 しかし、海の様相が天草灘は有明海とはまったく違いますね。外海(そとうみ)につながっているため、天草灘の水はキレイでキラキラ輝いています。しかも、島原半島も長崎半島も天草灘に面している側は、山が迫っていて風景は変化に富んでいます。20~30分ごとにいい渚、美しい港、断崖があらわれます。『鉄腕DASH』ではありませんがYさんが海沿いの細い道を走ってくれますので、まったく飽きることがありません。

 途中、温泉軽便鉄道が走っていた跡の道をずっと走りました。

Futami1

【二見の活魚料理】

 ということで茂木へ。

 二見についてはすでに書きましたが、オランダ坂トンネルを抜ければ今なら長崎市内から15分。近い奥座敷という感じです。

 アラ、石鯛、アオリイカなどが泳ぐ50メートルの生け簀を備え、活魚にこだわった活きづくり。素晴らしいお店です。

 いまは小エビ、もうすぐ白魚の躍り食いのようなイベントも嬉しい。

 海がすぐ見える個室というのもエンターテイメント性を高めています。

 また、すぐにでも行きたくなってきました。

Biwa_jerry_2

【一○香本家】

 「二見」でお腹いっぱいになった後も、茂木にはさくまあきらさんのお勧め店が残っています。

 それは和菓子の「一○香(いちまるこう)本家」。

 桃太郎電鉄で遊んだ人たちは、長崎の物件では「びわゼリー」をまず購入すると思います。「大人気です!」という臨時収入がやたら入りますからね。そのモデルが「一○香本家」の「茂木びわゼリー」。

 なんつったって創業は1844(弘化元年)。老舗です。

 あこがれの「茂木びわゼリー」を本家のお店でいただけることになったんですから涙が滂沱とあふれるほど。

 お店でいただいた【国産】茂木ビワゼリーは1個263円。その価値はありますよねぇ。しかも、ちゃんと枇杷茶も出してくれるし。

 それにしても気高いお姿ですな。茂木枇杷が丸々1個入っているんですよ。お味も上品。もちろん15個・箱入4043円も購入、送ってもらいました。

「一○香本家」 長崎県長崎市茂木町1805 095-836-1919

Nagasaki_beach2_2

【角力灘の海】

 大々満足で再び移動開始。今回も海辺のルートを辿ってもらいましたが、変化する海岸線の美しさったらありません。

 途中でいくつもの撮影ポイントがあり、そうした場所にはクルマが停められるような設備がちゃんとあります。「とるぱ」とか名づけられています。

 とにかくビーチなんかはジャワ島みたいな感じのテイスト。

 長崎といったら市内をぐるって回っておしまいという方も少なくないと思いますが、もったいない。昔はとてもクルマなんかでは行けなかったようなところですが、この連続する景色は素晴らしすぎます。

 ということで「すごい断崖ですねぇ」とか話していたらYさんは「こういうところからだいぶ隠れの人たちは突き落とされたらしいんよ」とポツリ。いやー、なんとも言えない話ですな。

Kurosaki_church2

【黒崎教会】

 崎津天主堂も最初の建物は1500年代につくられましたが、ここの黒崎教会も1571年1月にカブラル神父が訪れたあたりを起原としています。

 江戸時代の弾圧を耐えた信徒たちが発見されたのは1865年。1867年にクーザン神父が訪れて、隠れの集会所ともなっていた辻村三次郎宅で二百数十年ぶりのミサが捧げられたそうです。

 しかし「小教区内には未だに数多くの隠れキリシタンが所在する。付属する鐘楼は、その隠れキリシタンの帰依を願って故渋谷神父さまから寄贈された」とのこと。

 いまの建物はド・ロ神父の指導の下、信徒たちが積み上げたレンガ造り。

 しかし、ここら辺は仏教のお墓も黒石に金文字ですが、教会もそうなっているのにはちょっと驚きというかw

 この近くには禁制時代の宣教師サン・ジワンを奉っている枯松神社というのがあるそうです。サン・ジワンは外海地方で崇敬されている日本人伝道師バスチャンの師でもあるそうで、隠れの人たちはジワンの隠れ家であったおエン岩に集まり、オラショを唱えていたそうです。

Endoh_shusaku2

【遠藤周作文学館】

 黒崎教会からちょっと行けば遠藤周作文学館とそれに併設されるように立つ道の駅です。

 外海(そとめ)の黒崎村は小説『沈黙』の舞台となる「トモギ村」のモデルの一つとして設定されてました。

 いまは「遠藤文学と長崎~西洋と出会った意味~」が開催されています。『沈黙』の取材旅行で訪れた時などは、とてつもなく道が悪かったみたいですね。

 角力灘に浮かぶ奇岩は、映画の『沈黙 SILENCE』(篠田正浩監督、1971)にも出てきたと思います。最後は踏み絵を踏むことになるロドリゴ神父が奉行所の追っ手から逃れようと海辺をさまようシーンの背景にあの岩はあったというか…撮影が宮川一夫さんですから、なかなか良かったような記憶があるんですが…。

 マーティン・スコセッシ監督の次回作が『沈黙』のリメイクといわれていますが、どうなりますやら。

「遠藤周作文学館」長崎県長崎市東出津町77番地 0959-37-6011

Shitsu_church1

【出津教会】

 地元ではド・ロ様で有名なエンジニア神父が建てた教会。

 ド・ロ記念館もありますが、外海歴史民俗資料館の2階にある隠れ切支丹の展示がすさまじい。

 Y氏によると隠れは禅宗の門徒として暮らしていたそうで、表紙は「禅宗教本」となっていますが中はオラショ(祈り)の本になっている本などが展示されています。

 なんで禅宗なのかな…とずっと思っていたのですが、『島原・天草の諸道 街道をゆく17』司馬遼太郎を読み返していたら《禅宗(臨済宗、曹洞宗)もまた本来「不立文字」(ふりゅうもんじ)であるために、キリスト教的な意味における体系としての教義がない》(p.217)というところを発見。

 隠れにとっては教義はなし、お坊さんも自分の座禅で忙しくて放っておいてもらえる分、心理的な圧迫もないのかな、と思いました。

 後は大村湾をグルッとまわって長崎空港へ。

Hario_soushunko

 途中、潮が渦巻く西海大橋でひと休みしていたら、奇妙な三本の針のような構造物を発見。

 なんでも旧帝国海軍の針尾送信所だそうで、真珠湾攻撃のニイタカヤマノボレはここから送信された可能性があるとのことです。

 以上、「島原、天草、外海」の旅のご報告を終わらせていただきます。

 読んでくださって、ありがとうございました!

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Comments

2年前でしたか、「教会が観たい!」と思い立ち、長崎の大浦、
浦上の両天主堂を訪ねたことがあります。
島の教会も行きたかったのですがそのときは行けず、今回の旅行記、
たいへん興味深く読ませていただきました。
結局その年は「もっと教会が観たい!」と、ルーアンとシャルトルの
両大聖堂も観に行ったのですが、やはり長崎の教会は独特なものが
あるなあ、と思いました。
五島うどんというのがおいしかったです。
シスターのグループが楽しそうに仲良くうどんを食べていたのも、
印象に残っています。

Posted by: しまじろう | February 04, 2008 at 10:37 PM

おお、ゴシック系がお好きなんですか(ルーアン、シャルトル)
長崎の教会群を世界遺産にという運動もあるくらいですから、行くだけの価値はありますよね
次は五島、平戸の「隠れ」の方々の足跡をたどりつつ、佐世保バーガーなどを食べまくる旅を計画しようと思っています

Posted by: pata | February 05, 2008 at 08:37 AM

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