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December 31, 2007

『世界史なんていらない?』

Sekaishi_iranai

『世界史なんていらない?』南塚信吾、岩波ブックレット

 今年の最後は小田中先生のサイトで教えてもらって読んだ小冊子。

 もう2年前になるのでしょうか、高校の必修であったハズの世界史が教育の現場で教えられず、本来は単位不足なのにもかかわらず、まあインチキで卒業させ、受験勉強させたというのが表面的な問題です。個人的には、世界史も含めてどんな授業もマジメに受けたことはないですし、ある程度、授業に出ておけば、卒業させてくれるというのは日本の教育の東洋的な良さでもあり悪さでもあるけど、それは伝統なのでしょうがないと思っていました。それよりも、おそらくは内部告発という形でしか、こうした問題も提起されないんだろうな、という虚しさを感じました。

 個人的なことしか言えないのですが、小学校の頃から社会科だけは好きで、中学生や高校生の参考書をずっと読んでいました。学校の授業というのはほとんど記憶がないといいますか、授業中は本を読んでいたので、覚えていませんが、中学ぐらいの時に読んでいた教養課程の東洋史、西洋史の教科書は面白かった記憶があります。

 その後も本はいろいろ読みましたが、結局、なにが飽きないかったといいますと、歴史は常に裏切るといいますか、定説みたいなものが次々に打ち破られるダイナミズムだと思います。まるで物理学みたいに、といったら大げさでしょうが、そうした心もとなさが、もしかして、受験技術的には厳しいのかもしれません。

 問題はそのキッカケを授業で与えられるか、ということなのかもしれませんが、とにかく、そんな中で授業を活性化するヒントというので面白かったのは川上音二郎・貞奴一座の世界興業から見る同時代史(p.50-)。この一座の旅の軌跡からは《近代的な発展をしているバリやニューヨークと、前近代的なツツァーリのロシアと、素朴な民衆の運動である中国の義和団やスーダンのマフディが同時に存在している現実を、ある程度実感できる》(p.54)わけです。

 しかし、どうやったら、統一的なイメージを与えることができるんでしょうね。

 それは川上一座の世界公演みたいな面白そうなギミックをいくつ考えられるか、というか、新しい見方を提示できるかなのかもしれません。

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