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December 22, 2007

『昭和陸海軍の失敗』

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『昭和陸海軍の失敗 彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか』半藤一利、秦郁彦、平間洋一、保阪正康、黒野耐、戸高一成、戸部良一、福田和也

 文藝春秋で不定期連載されているシリーズのたぶん第二弾。前作の『あの戦争になぜ負けたのか』では国際政治、国内政治と陸海軍という大きく分ければ三つのテーマが語られていましたが、この回は旧帝国陸海軍の組織、人物に焦点を当てて、問題点をさぐって行こう、としています。陸軍、海軍に分けてそれぞれ5人ずつが語り合うという形式ですので、ぼやけない程度で広い視野を得られる感じがしますし、対話のダイナミズムも感じることができます。ちゃんと集まって会話しているんだろうな、という印象。

 司馬遼太郎さんは、なんで日本は昭和初期に無謀な戦争に突入し、沖縄戦で住民を大量に死傷させるだけでなく長崎と広島に原爆を落とされ、自分自身も千葉あたりの海岸で無駄死にする寸前までいったのかという疑問に対し、同じ文藝春秋に長期連載されていた『この国のかたち』で、問題は天皇の「統帥権」だったと書いています。単純化すれば、「帷幄(いあく)上奏権」を盾に、軍部が三権を超越して戦争行為を行えるように解釈できる幅を旧帝国憲法が持っていたからだ、と。だから、軍縮などを政府が進めようとすると、統帥権干犯!という脅迫的な言葉でそれを押し留めることが可能であったし、日中戦争の拡大も防げなかったのだ、と(この言葉を最初に恫喝的に使って政府を攻撃した政党政治家が鳩山一郎だったというのはちょっと怖いというか、状況次第ではなんでもやるかもしれないというあのファミリーのポピュリズム的性格が出ているような気もします)。

[陸軍]

 新しい視点だな、と思ったのは、長州閥でスタートした陸軍が、民主的になった途端に右傾化したということ。長州派につらなる最後の大物、宇垣一成は宇垣軍縮を行い、軍の近代化を進めようとしますが、装備の近代化は財政悪化によって進まず、リストラだけが先行する結果になった、と。そこに不満を持つ若手将校らに対抗馬として担ぎ上げられたのは皇道派のシンボルとなった荒木貞夫陸軍大臣なわけですが、皇道派が画策したクーデター計画はことごとく失敗します。それを見ていた永田鉄山ら統制派のエリート将校らは、内部の実権を掌握する方向に路線変更。永田は過激さを増していた皇道派の青年将校に対する抑制策の一環として、真崎甚三郎教育総監を更迭したものの、それに反発する相沢三郎中佐に軍務局長室で斬殺されてしまいます。福田赳夫元総理は大蔵官僚時代、陸軍と予算の関係でやりあっている途中、電話の相手が急に失敬と席を外したと思ってたら、「今、永田が殺された」と伝えられた、と自伝の中で書いていましたっけ。とにかく、むき出しの暴力がまかり通る場所だったんですな、陸軍は。

 「永田の前に永田なく、永田の後に永田なし」といわれた人物があっけなく舞台から去った後、皇道派は2.26で自爆。統制派は東條英樹がトップとなって、対米戦争の破滅に向かって日本は進むことになります。《陸士や陸大で好成績を挙げたエリートたちが軍の中心になる。ある意味できわめて民主的な形で軍が運営されるような時代》は《平民出身の将校ほど天皇を持ち出して、独善的にあらぬ方向》へ日本を導くという皮肉な結果に終わるわけです。

 しかし、彼らが受けた教育というのは国際法もまともに扱っていませんでしたし《対米、対英戦略は何一つ教わらなかった。対ソ戦略一辺倒。憲法についても丁寧に教わらなかったし、開戦や停戦、終戦の手続きなども一切学んだことがない》(p.41)というものだったそうです。自衛隊の教育に、こうした失敗が反映されていることを願ってやみません。

 また、兵站軽視に関しては最初に採用したフランス式が現地調達のナポレオンの影響を受け、ついで採用したドイツ式も《イギリスなどヨーロッパ諸国の中では兵站軽視の部類に入ります。だから第一次世界大戦でも全体として力負けしてしまったわけです》(p.46)というあたりは面白かったですかね。

 また、昨年、硫黄島ブームで話題になった栗林中将や、占領したジャワで善政を行った今村均大将らは、陸軍幼年学校からではなく、中学から士官学校へ入学しており、世間を知っていたのではないか、という指摘はなるほどな、と(p.76)。

 ノモンハンやガダルカナルで大失敗しながら戦後も生き恥をさらした田中新一、服部卓四郎、辻政信らのことは語ることも不愉快です。

 しかし、大正末期から昭和初期にかけて五十個師団、二百万人を抱える大集団を統率できそうなトップというのが宇垣一成と永田鉄山ぐらいしか見あたらないというのは、本当に悲劇ですよね。

[海軍]

 ぼくも子供の頃から旧帝国海軍というのは、そんなに悪い組織ではなかったし、真珠湾でアメリカにひと泡ふかせた山本五十六聯合艦隊司令長官は英雄だと思っていました。また、同じく聯合艦隊司令長官のアドミラル東郷も尊敬に値する人物だと思っていました。考えてみれば、近代海戦でこんなに華々しい勝利を収めた海軍はあまりないんじゃないですかね。しかし、これも何回も書きましたが、『情と理 後藤田正晴回顧録〈上〉』の《海軍くらい宣伝のうまい軍隊は少ない》(p.58)というひと言は、どことなく感じていた胡散臭さを正確に指摘している言葉だったと思います。だからこの本でも、イギリスが育てた諸海軍のうち日本海軍は最高傑作だと『英海軍史』に書かれたような組織でありつつ、《およそ近代日本において、海軍ほどその興隆と滅亡が劇的であった組織はない》(p.128)ということになるんだと思います。

 旧帝国海軍は日本国内で建造できるようになるまでは、基本的に英国などで軍艦をつくってもらい、それを水兵たちも含めて現地まで取りに行って操縦して帰ってきましたから、海外を経験したレベルがケタ外れに広く深い組織でした。ですが、1930年のロンドン軍縮条約に賛成していた条約派の山梨勝之進海軍次官、堀悌吉軍務局長らは1933年の海軍大臣大角岑生大将による〝大角人事〟によってクビ(予備役に編入)にされました。

 スターリンはドイツに攻め込まれる直前に、正気の沙汰とも思えない赤軍の大粛正を行いましたが、海軍も大事な一戦を前にバカな人事を行ったのかもしれません。親友だったという山本五十六は《「巡洋艦の一戦隊と堀悌吉の頭脳と、どちらが海軍にとって大事なのかもわからんのか」とうめいた》(p.147)そうです。この〝大角人事〟のバックにいたのが伏見宮博恭王軍令部総長。伏見宮と晩年のアドミラル東郷は「殿下と神様」と呼ばれて、海軍の大きな障碍となっていたようです。

 この大角人事で残ったエリートの中で使える人間は米内光政と井上成美、山本五十六の《良識派三羽ガラス》(p.155)だけになったようです。三国同盟を早期に結ぼうとする陸軍に対して、米英とは勝てる見込みがないと発言。怒り狂った陸軍が戒厳令を敷くかもしれないと見るや、《海軍省に篭もり、連合艦隊に東京湾回航を指令するなど、陸軍との交戦準備も整えたほど》(p.159)だったそうです。しかし、その米内にしても、海軍大臣だった頃には北支事件を支那事変に変えて日中戦争のドロ沼化を招きました(p.160)。敗戦の日、「米内を斬れ」と言い残して自害した阿南惟幾陸軍大臣は何事かを語りたかったのかもしれません。

 また、山本五十六司令長官は対米戦に最後まで反対していたといいますが、海軍は1940年11月に出師準備の初動作業を発令しています。なんでも《軍艦には被弾時に浸水を防ぎ、浮力を維持するために鉄パイプを改めて艦内にとりつけるのですが、このパイプがけっこう厄介で、もし戦争を行わずに港に停泊しつづけたら、船体がパイプ部分から痛むので、本来の寿命よりかなり早くハードウェアとして使い物にならなくなってしまう》(p.183)んだそうです。しかも、この出師準備の発令自体、日露戦争以来のことで、明らかに大暴走です。結局、海軍も《だらしない幹部と、血気にはやる中堅将校の組み合わせで、海軍は内部的には「和」を保ったまま、組織ぐるみで日米戦争に突入していった》(p.185)わけです。

 陸軍と海軍は反目しあったまま戦争を続けていましたが、食事の面でもその溝は深まったようです。なにせ海軍は最後まで食事がよかったようですが、陸軍が餓死者を出しても補給を行わなかったそうですから。

 最低最悪の陸軍大佐、辻政信が自分の作戦の失敗の結果、餓死者が続出することになるガダルカナルへの補給をトラック島で停泊していた山本五十六司令長官に頼みに行った際、戦艦大和で出された食事があまりにも贅沢で怒ったそうです。食事が豪華で怒ったというのは、いかにも小学生並の倫理と論理でしかモノゴトを判断できなかった辻らしいですが、それでも、旧帝国海軍には《たらふく食べて敵前反転ばかりしていた》(p.227)というそしりは免れないと思います。

 なにせ、レイテ海戦で小沢囮艦隊を置き去りにした末、謎の反転をした栗田艦隊などは、結果的にせよ陸軍に50万人の餓死者を生み出しましたから。

 そして、こんな結論で本は終わります。旧帝国海軍は《日本のベスト&ブライテストを目指したはずなのに、気付いてみればムラの論理で組織が回っていた》(p.231)。

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Comments

ちょっと買って読んでみたくなったけど...。
ここまで解説されるとネタバレだ。
タイトルにネタバレ記入を....

Posted by: kosugi | December 23, 2007 at 03:19 PM

すんませんw
でも、バラしたのはごくごく一部ですから、ぜひ!

Posted by: pata | December 23, 2007 at 03:41 PM

駅前の本屋にあったから買ってきた。

Posted by: kosugi | December 23, 2007 at 05:46 PM

また、感想を聞かせてください!

Posted by: pata | December 23, 2007 at 06:12 PM

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