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November 27, 2007

『日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制へ』

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『日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制へ』飯尾潤、中公新書

 むかし流行った言葉を使えば「つかみはOK」みたいな本ですね。ぼく自身も中曽根大勲位などにすり込まれているせいか、日本の首相権限が弱いのは議院内閣制だからで、米国の大統領みたいな性格を持たせなければならない、なんていう議論を鵜呑みにしていたのですが、欧米での認識は逆だ、と。《議会と大統領が別の選挙で選ばれ、権力が厳然と分立する大統領制における大統領より、議会と行政府の双方をコントロールできる内閣の長である首相のほうが、本来、大きな権力を持つのである》という「はじめに」からぐんぐん引き込まれます。

 「はじめに」のサマリーが素晴らしいので、内容についてはここの部分を実際に手にとって読んでいただければぼくなんかが紹介するよりよっぽどいいので、流れとか気にせず『日本の統治構造』の印象的な一節を抜き書きしようと思います。

 《イギリスは議会主権の国であり、権力が内閣あるいは首相に集中する議院内閣制を採っている、それゆえ権力分立は制限され、むしろ権力が集中している。それに対してアメリカでは権力分立が徹底され、政治権力は議会と大統領との間で分有されている。そこでアメリカの政治は権力抑制の側面が強い》(p.5) 目ウロコです。アメリカでは《立法権は、権限の対等な二院制に分けられ、両院の意見が一致した場合のみ法が成立する。その立法についても大統領の拒否権が与えられるという抑制的な制度》(p.144)となっている、と。

 《(上杉慎吉は)天皇主権絶対主義を唱えたが、意外なことにアメリカ合衆国憲法を研究し、権力分立の観点を強調する面があった。これは、イギリス風の権力集中的な議院内閣制を唱える美濃部に対抗する意味を持っていた》(p.15)  見方を変えるとこんな風にも言えるですねぇ。反動教授とレッテルを貼られることの多い上杉博士は愛弟子の岸信介を大学に残して後継者にしようとしていたんすよねぇ。もちろん、ここの美濃部とは達吉@天皇機関説です。とにかく《政治運用でもっもと重要なことは、法律の文章になじまないこともあり、肝心なことが明文化されていないことも多く》(p.15)残念なことに戦前の政党内閣制は既成事実を慣習化するまで時間が足らなかった、ということなのかもしれません。

 しかし、日本の場合、とにかく首相の権力は弱かった。戦前の憲法では国務大臣を罷免する権利すらなく、軍が大臣を引き上げると潰れてしまうような内閣しか作れなかったんですが、戦後も自民党の長期政権の元で、入閣することが派閥の権利となり、大臣は首相のために働くという動機が弱かった、と(p.23)。これがやっと変わるのは橋本内閣からの改革で官邸機能が強化されてからなのですが。

 戦後、GHQは新しい国家公務員法を制定しますが、官僚からのサポタージュにあい、《「当面の処置」として、それまでの人事慣行がそのまま継続したのである》(p.43) 恐るべし日本の国家公務員。美しい国とか唱えていた首相が辞めたくなったのもしょうがないかもしれません。

 《日本政府は「省庁連邦国家日本」(United Ministries of Japan)として把握することもできる》(p.49) この本で一番、冴えていると思った言い回しです。

 日本は新しい法律をつくる際、内閣法制局が既存の法律と矛盾しないかなどをこと細かくチェックするのですが、《諸外国、とりわけイギリス、アメリカなどのように、こうした考え方を持たない国もある。これらの国では、「後法は前法を破る」「特殊法は、一般法に優先する」といった概念をもとに法令の有効性を判断して、法令相互の矛盾を気にせず、最終的には裁判による判例の蓄積で問題が解決される》(p.61) ふーむ。

 中央官庁は地方自治体に幹部を出向させ、予算の使い方などについて”箸の上げ下げ”まで指導しようとしますが、そうした幹部は二流の人材が多いのも事実。そして、中央での出世レースに早くも出遅れたような二流の人材の指導は硬直的になりやすい性格を持っています。だから《族議員の隆盛は、中央省庁の政策実施現場への無理解から起こる問題を、個別陳情によって解決しようとする側面がある》(p.69) これ、肌感覚として理解できます。

 《日本の政党の特徴は、このように多くの活動が党本部で行われていることでもある。とりわけ与党経験の長い自民党においては、党本部での活動が、実質的な立法活動であるといってもよい。諸外国にも、政党によっては立派な党本部の建物を持つところがあるが、これほど党本部の、とりわけ日常的な政策審議機能が重要な意味を持つ国は稀である》(p.82) なるほどぉ。そういえば米国の共和党本部、民主党本部とかいってもイメージがわきませんもんね。

 《官僚内閣制的な日本の政府では、政府の業績がそのまま与党の業績にはつながりにくい。政府が失敗した場合でも、与党は素知らぬ顔をし、あるいは叱責する素振りをみせれは「水戸黄門」風に振る舞うこともできた。》《政権の失敗と与党の責任が分断されれば、政権交代の危険も少なくなる》(p.116) ふーむ。

 日本の議会はアメリカの影響で委員会重視型になっているそうですが、《民主政の定着とともに多くの国の議会で撤廃された会期制の原則が、日本では残っており、「会期不継続の原則」が強く主張される》(p.128) 後で書かれますが、この会期が意味もなく重要視されるため、野党の審議拒否が法案廃案の強い手段となってきます。日本の参議院改革にも関係してきますが、イギリスのように《第二次世界大戦後も、内閣が存亡をかけた法案については上院は反対の議決を行わないという「ソールズベリー・ドクトリン」》みたいなものも採用されるべきなんではないでしょうかね。

 《フランスは長い伝統を誇る国であるが、政治体制の変更が多く、現在の政治制度は欧米先進諸国のなかでももっとも新しいものである》(p.148) 改めてそう書かれるとなるほどな、と。第五共和制は大統領任命の首相が組織する内閣を残し「半大統領制」と呼ばれている、と。また《フランスは組閣のたびに省庁再編が起こるといわれる》(p.165)、と。

 アメリカでは《大統領の政党が代われば、郵便局長までいべて入れ替えられたといわれた。数え方にもよるが、大幅に数の減った現在でも、連邦の主要な役職の三二〇〇程度が政治的任命である》(p.159) この数字、知りませんでした。

 オランダでは《それぞれの政党の支持はきわめて強固で、支持者も互いに交わらず、「柱」と呼ばれるように、社会全体が各集団に分かれてモザイク的な政治状況であった》(p.170) ふーん。いやー、カルバン派といますか頭の固い改革派の影響って、こんなところにも残っているんですかね。笑っちゃったといいますか。

 《衆議院選挙による衆議院議員の任期と、自民党総裁選規程による首相の実質的任期がずれていることは深刻な問題である》(p.202) なるほどぉ。

 《悲惨な宗教戦争であった三〇年戦争を終結させるためのウェストファリア条約(1648年)によって確立した近代国家は、国家が多様な価値観の共存を保証するための装置を発達させてきた。宗教や信条が違っても、国家への忠誠さえあれば共存できるというのが、近代国家の建前であり、多くの国の憲法もそうした仕組みとなっている。現代の問題は、その国家への忠誠が、何を意味するのかはっきりしなくなっていることである》(p.232) うまくまとめていますねぇ。

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