« 「桃六」のお弁当 | Main | 「桃六」の茶飯弁当 »

October 04, 2007

『S-Fマガジン カート・ヴォネガット追悼特集』

Sf_magazine_kv_2

『S-Fマガジン カート・ヴォネガット追悼特集』2007年9月号

 『S-Fマガジン』を買うのは本当に久々。しかも、六本木ABCの文庫売り場に設けられた追悼コーナーに並べられていたバックナンバーで知ったという体たらくでした。

 晩年はいまの吉本隆明さんのように、聞き語りのインタビュー形式での発言が多くなったヴォネガットさんですが、特集の巻頭をかざる『功成り名遂げた末の鬱病 (The Melancholia of Everything Completed)』が読めただけでも良かったです。浅倉久志さんの翻訳が嬉しい。

 《もう故人となった戦友のひとりは-わたしの本の何冊かに登場するバーナード・オヘアだが-第二次大戦のあとで、彼は神に絶望した。彼はカトリックの信仰を捨てた。それでは失うものが大きすぎると、と思ったよ。彼にはそんなことをしてほしくなった》(p.11)

 ここらあたりなんか、絶望の淵をのぞき込みながらシニカルなことばかり口にするようでいて、実はいつも暖かい目をしながら微笑んでいるようなヴォネガットさんの優しさがにじみ出ているような気がします。

 ヴォネガットさんは拡大家族といいますか共同体の中の人たちを楽しませることの大切さをずっと訴えかけてきましたが、大学での講義でも《みなさん、芸術に手を染めなさい。どんなにまずくても、どんなにうまくても、それでみなさんの魂は成長します》(p.15)と言っていたそうです。勝手な解釈になりますが、愛する共同体のメンバーを楽しませるためには、まず自分の魂を成長させ、なに者かになりきる経験を積んでほしいということなのでしょうかね。

 「わたしとヴォネガット」と題して見開きを与えられた人たちの中で爆笑・太田の文章は無惨。ぼくは香山リカさんは、そんなに嫌いじゃないんだけど、今回も『ローズウォーターさん、あなたの神のお恵みを』の中から「こんちくしょう、人間は親切でなきゃだめだよ」という言葉を引用し、《彼は決して現実の中ではかかわりになりたくないようなタイプだが、その言葉には意味もわからぬ失意の中にいた若き日の私も、うんうんとうなづいたものだ》(p.30)と書いていて、なかなかよかったかな。

 巽孝之さんの評論では、84年の来日時に行われたヴォネガットの講演を思い出しました(確かNHKで見たんですよね)。

 和田誠さんのイラストが素晴らしい。

|

« 「桃六」のお弁当 | Main | 「桃六」の茶飯弁当 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/16661033

Listed below are links to weblogs that reference 『S-Fマガジン カート・ヴォネガット追悼特集』:

« 「桃六」のお弁当 | Main | 「桃六」の茶飯弁当 »