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September 17, 2007

秀山祭九月大歌舞伎『一谷嫩軍記 熊谷陣屋』

Kabukiza200709

 九月大歌舞伎は初代中村吉衛門の俳号からとった秀山祭。昨年から始まって今年が二回目。「團菊祭」と比べるとちょっと地味かなという印象はしょうがありませんかね。初代吉衛門の舞台はもちろん、実際に拝見したことはないのですが、ご本人も、なんかちょっと固いな、みたいな印象を持っています。

 一段も二段も低く見られていた歌舞伎を、今のような伝統芸能の王者の地位に押し上げた功労者のひとりではありますが、でも、そのため当たり役も忠君を強調した時代物の主人公が多かったようで、午前の部の『一谷嫩軍記 熊谷陣屋』の熊谷直美なんかはまさに、その典型。

 平家物語の敦盛の段はいいですよね。熊谷次郎直美は平家の若武者を組み伏せて討とうとするのですが、自分の子と同じ16、17歳ぐらいのお歯黒顔を見て、いったんは去ろうとします。しかし、その時に土肥・梶原の軍勢が来てしまったので、泣く泣く首をとったのが、実は平敦盛。名を名乗らなかったその若武者の名が知られるのは持っていた「青葉の笛」から、というのを知っていれば、いかに、偽史といいますかif物語をつくる小道具の利用にこの時代物浄瑠璃作者がたけていたか、というのが理解できます。

 どんな"偽史"かといいますと、敦盛は天皇の子であったということを発端に、実は敦盛を助けた熊谷直美は我が子小次郎の首を取り、それを義経に首実検させて保障を得て敦盛を逃がし、自分は出家するというもの。「青葉の笛」もダレ場で活用しちゃうんですから手練れです。

 でも、自分の子どもを殺してまで守るわけ?うーん、物語自体が共感できない…。

 「一枝を切らば一指を切るべし」という制札を下に向けて三段に突き、長袴をさばく大見得のためだけの芝居じゃないのか、みたいな感じも受けます。

 「村松風二人汐汲」の玉三郎は、まだ夢のように美しい。来月も、午前の部の「羽衣」の踊りを見るためだけに切符を取ろうと思います。

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Comments

秀山祭昼の部を週末に観に行きます。
夜の部と迷いましたが、玉三郎と福助の踊りと、
富十郎さんご出演ということで昼にしました。
玉三郎の阿古屋も捨てがたかったけど。
竜馬がゆくに触れられていませんが、やはり
ちょっと。。。なのでしょうか?
ま、久々の歌舞伎座なので雰囲気を楽しめたらと
思っています。

Posted by: しまじろう | September 19, 2007 at 10:22 PM

しまじろうさん、どーも。龍馬は見ていませんwといいますか、急に土曜午前が出社になってしまいまして、あわてて駆けつけて、どうにか熊谷陣屋から間に合ったという感じです。
阿古屋はまだ個人的に歌右衛門さん以外の方で見る気になれないんですよね…。玉さまも素晴らしいとは思うのですが…あと代官が仁左衛門さんだったら文句なく見に行ったろうに…とは思います。ただ、やっぱり素晴らしいという話は聞こえてきますので、もしかしたら幕見で行くかもしれません。
楽しんできてください!

Posted by: pata | September 20, 2007 at 07:00 AM

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