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September 25, 2007

『私の食物誌』

Watashi_no_shokumotsushi

『私の食物誌』吉田健一、中公文庫

 吉田健一さんの"食文学"について、はじめてハマッたのは忘れもしない91年4月18日号の雑誌『サライ』。特集のタイトルは《「味は?」と聞かれてただ「おいしい」では能がない》でした。

 吉田さんが愛した様々な店のごちそうを『舌鼓ところどころ』と『私の食物誌』からの文章を添えて構成されていました。で、もちろん、素早く『舌鼓ところどころ』を読みましたが、『私の食物誌』は絶版のままでした。奥付をみても単行本が72年11月発行、文庫は75年1月。そして07年7月が改版発行。今回、ようやく全てを読むことができました。

 全文名調子。例えば「日本海の烏賊の黒づくり」。

 《烏賊が海の中を泳ぎ回ってその生活を楽しむにはその体全部が必要である筈で、このことはその味にも関係する訳であり(略)、肉が旨い動物の内臓は多くはその肉よりも旨いことを付け加えてもいい》(pp.53-)

こんなところもいいんです。「明石の鯛」

 《一体に旨い魚や鳥というのは飼って見たらさぞ可愛いだろうという気がして、これは例えば石川県金沢のごりがそうであり、獣の中では増や河馬が可愛いが、その両方とも非常に旨いそうである》(p.27)

先日、生け簀の中のオニカサゴとしばし心を通わせてしまったのですが、オニカサゴなんかも飼ったら可愛いだろうな、と思います。

 《干し柿のようでもあれば、よく焼き上げたパンの耳にも似たところがあり、そしてどこか胡桃を思わせる》(p.72)

 これは唐墨について。唐墨はけっこう好きなのですが、サライでこの一節を読んでから、さらに深く味わうことができるようになったと思います。

 吉田健一さんはご存じのように吉田茂首相の長男。吉田首相は戦前、外交官だったとき常に一家を任地に同伴したそうです。《「お前たちは日本人と付き合うために連れてきたんじゃない。そこの国の人と付き合うために連れてきたんだから」》(『父吉田茂』麻生和子、光文社)という理由だそうで、吉田健一さんはお父さんの影響もあってか英文学者となりました。そんな経歴があるから、おでん屋は英国のパブである、という『舌鼓ところどころ』の文章も納得的なのですが、『私の食物誌』の《もし何百円かで王者の気持になりたければ道頓堀にもおでん屋がある》(p.72)というまとめも素晴らしいです。あ、ちなみに『父吉田茂』の著者である麻生和子さんは吉田首相の長女であり、麻生太郎前幹事長の母ですね。

Onikasago

 丸谷才一さんが、食堂車で酒を飲む楽しさや夕方という時刻の潤いまで《吉田さんの発見したのは、総じて言へば人生の価値といふものだつた。そんなものを発見だなんてをかしい、と考へるのは、近代日本文学のとてつもないゆがみ方を知らない人である。われわれは明治末年の文学的革命以後、一体どういふわけなのか、人生は無価値なものと判断するのがしやれてゐて文学的だと思ひ込んだのだ。その迷信を正すのに、吉田さんほど勇敢だつた人はほかにゐない》と書いていますが、いいですね。

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