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September 05, 2007

『進化しすぎた脳』

Shinka

『進化しすぎた脳』池谷裕二、講談社ブルーバックス

 改めて読書量と情報量の少なさを思い知らされた本です。脳科学者である池谷裕二さんについては糸井重里さんとの対談でまず最初にお名前を知ったんですかね(『海馬』新潮社)。ブルーバックスの『記憶力を強くする』も話題になりましたが、『だれでも天才になれる脳の仕組みと科学的勉強法』とか『魔法の発音 カタカナ英語』なんていう本は、題名がちょっとな…と思っていたので敬遠していたのですが、こんなにも本格的な方だったとは知りませんでした。すんません。

 『進化しすぎた脳』ブルーバックス版は留学時代に慶應のNY高校で行われた中高生を相手にした講義を元に、日本に帰ってきて開いた研究室での学生相手の座談会を追録した本です。池谷さんご本人があとがきで書いているのですが《目も眩むようなグループ感》あふれた知のアドヴェンチャーを体験させてくれます。

 最初の講義で紹介されているラジコン・ネズミは脳に電極を刺すことで人間の意のままに操縦できるようにされた生きたネズミの話。左右のヒゲに触られたと感じる電極がそれぞれ1本の計2本と、報酬系を満足させる電極1本を刺したネズミは、それだけで左右に"操縦"できるという話。その後、ロボットアームを電極に刺した脳だけで動かせるサルの実験とかも紹介されているのですが、これって、もしかして今ではもう死語になっている言葉なのかもしれませんが、オブジェクト指向のプログラミングに似ているな、と思いました(これって全然、つまらないことをぼくが語っているのかもしれませんが…)。このあと、ほ乳類の大脳皮質は6層構造になっているとか、脳は場所によって役割が違うとか、脳の地図は体によってダイナミックに変化するみたいな話が続きます。

 ちょっとひっかかったのは人間の目は100万画素しかなくって、今のデジカメから考えても、相当性能は悪いのに、こんなによく見えているのは脳が補っているから、という話。もちろん視神経は100万本ということからわかりやすくしたんでしょうが、人間の視神経は1画素単位の容量がケタ外れに大きいんです。ですからハイライトが飛んだり、シャードー部が潰れたりしなくて綺麗なグラデーションを認識できるし、なめらかな線も認識できるみたいな話もあるんじゃないかと思いました。もっとも、ここらあたりは分かりやすくするための話なのかもしれませんが。それに、二次元の視神経で三次元をとらえるのには脳内の操作が必要という言い方は、さすがだな、と思いましたし。

 あと、脳は情報処理に0.5秒かかるという話の後に紹介される「上丘」での判断の話は(p.138)、我々の行動開始は意識から0.5秒早いというリベの理論でよくわからなかった「では何が判断するのか」という疑問が解けたような気がします。視神経は視床の直前で枝分かれして、視床から視覚野に行く前に上丘にも達し、その上丘は機能は発達していないけど《処理の仕方が速くて正確》(p.138)だそうです。スポーツ選手などは、この上丘で速いボールの軌道なんかを判断している、と。

 あと《下等な動物ほど記憶が正確》(p.192)だけど、人間の記憶は不正確だからこそ、その中から一般性を引き出すことができるもたない話は哲学的な認識論を補ってくれる感じだし、《そのあいまい性を確保するために、脳は何をしているかというと、ものごとをゆっくり学習するようにしているんだよね。学習の速度がある程度遅いというのが重要なの、特徴を抽出するために》なんてところもなるほどな、と。

 あと、長い間、わからなかった大きな分子量を持つナトリウムがなんで神経細胞を通すかという話も感動しました。細胞は内側の方が電位が低いんだそうですが、神経細胞は大きなナトリウムイオンを通すチャネル(分子量20万ダルトン!という巨大さ)をもっていて、細胞内外のプラスとマイナスの電位差がちょっと弱まると開いてナトリウムインオンがどっと入ってくる、とという仕組みを持っているというあたりの説明は「若ければイチから勉強したい」と思わせてくれます。

 講義全体のまとめはp.316以降に書かれているので、そこを読んで感動したら、ぜひ、全体を読んでください。

 研究室の学生さんたちを相手にした座談会で印象的なのは、なんで眠っている間にも脳は活動し続けているのか、というあたり。もし、リセットしてしまったら、《朝起きたときに、寝る前の自分と今の自分が同一人格だとわるかんだろうか》《自発活動をしていない状態から定常な活動が再開できるとは思えない》(p.342)あたりも深いな…。

 とにかく銀家系の恒星の数に匹敵する1000億個のニューロンと1000兆のシナプシスを持つ脳は、まとめっぽくなりますが、まさに小宇宙です。

 なんか「面白い本がないな…」と思っていたんですが、世の中はやっぱりセンス・オブ・ワンダーに満ちていました。

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