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August 06, 2007

『こんなとき私はどうしてきたか』

Konnatoki_nakai

『こんなとき私はどうしてきたか』中井久夫、医学書院

 中井久夫さんの本に惹かれたのは、エッセイ半分、論文半分でしたか。中井先生は自分を臨床医として自己規定しているところもあって、それは年一回刊の雑誌『治療の聲』などでも強調されているのですが、精神科の治療現場で中井先生が毎日どんなことをやってきたのか、という全体像をかいま見させてくれるものではありませんでした。今回は有馬病院での看護師さんたちなどにも向けた講演録がまとめられたのですから、臨床医としての中井先生の仕事ぶりを見せてもらえた、という満足感が広がります。

 この手の中で「初めて読ませてもらった」と思ったのが2章の《治療的「暴力」抑制論》でしょうか。中井先生はこれまで2回、患者から暴力を振るわれた経験があるそうです。2回というのは少ない方なんでしょうかね。さらに、往診の際には、警察官が突入にためらうような修羅場にも丸腰で入るということですから、ある意味、奇跡的なのかもしれません。

 ただし、細心の注意は怠っていないんですよ。コントロールの効かない患者を前にしたとき、中井先生はどうするかというと、まず利き腕を確かめて、手首と肘を曲げられないように押さえてしまうというんです(p.59-)。写真で見開き2頁にわたって中井先生が大柄なドクターを制している写真が掲載されているのですが、合気道の達人が力を入れずに相手を制しているような感じです。そして、ドアを開けたら刃物を持った患者がいて、確保しにいった人が即死してしまったような例をあげ、家に入る時には患者がどこにいるかだけは把握しなければならない、とも付け加えいます。

 《暴力というのは、低レベルで一時的ですが、統一感を取り戻す方法となります》(p.76)というのも新鮮な言葉ですね。

 さらに、リベ(中井先生はリベットと記していますが)の学説につなげます。

 人間は《無意識的自己からの判断を、意識的な自己は〇・五五秒遅れで「いま、自分がこう判断している(決断している)とみなすのです」。当たり前ですが、みなさんに殺してやりたいやつが一人や二人いてもかまわないのです、実際に殺さなければ。なぜ実行に移さないかといえば、この「待てよ」というのが〇・五五秒遅れで働くからです》《この「待て」がしっかりしているかどうか。これを「良心」といってもいいかもしれません。「意識」と「良心」はヨーロッパでは生まれた観念で、あちらではもともと同じ言葉なんですね》《「聖職者」といわれる人がいいトシして痴漢とか万引きで余生を棒に振りますね。ひとごとではありません》(p.77-)あたりは素晴らしいな。

 わざと空きベッドをつくっておくと、いつでも入院できるという安心感が外来患者に生まれて、結果的に入院患者で満杯という状態が防げるとか(p.97-)、驚くべき病的体験を学会に発表するために聞くことよりも、友達と映画を観に行ったり、野球をしたりしたことを膝を乗り出して興味をもって聴くべきだ(p.136-)とか、回復期は疲れるとか、中井先生の言葉はいちいち重いです。

 最後に《母とはさみは使いよう》《つらいときにも動物園》《幸せは意地からは来ない》《スパイスだけでは料理はできない》などの精神保健いろは歌留多も巻末に収められています。

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