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July 20, 2007

『高校生のための哲学入門』

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『高校生のための哲学入門』長谷川宏、ちくま新書

 尊敬する長谷川宏さんが、高校生を念頭に置いて若者向けの「考えるための本」を書いてくれました。これまで、知り合いの子が高校生になると、『フランス革命―歴史における劇薬』遅塚忠躬、岩波ジュニア新書を送っていたのですが、さっそく、この本もラインアップに加え、送ってしまいました。

 一読「小説ではないけど、これは高校生向けの『君たちはどう生きるか?』なのかな」と思いました。例えば、こんなところ。

 《生きることにどんな意味があるのか。自分はどう生きたらいいのか-そんな疑問が生じるのは、自然のままに無邪気に生きられなくなったからだった。生命力の発現がそのまま日々の充実だとは感じられなくなった意識は、世界と自分とのあいだにどうしようもないずれを感じる。そして、世界のずれを感じることは、不安を感じることであり、孤独を感じることである。が、思春期の不安と孤独は、同時に、世界とずれた自分と向き合い、自分らしい生きかたの模索へと向かう第一歩だ》(p.24)

 第2章「人と交わる」であげられている『赤と黒』などの西洋の近代小説群など全体的にやや古い感じも受けますが、逆に、塾の主催者として小学生から高校生、大学生と向き合っている長谷川先生の日々を考えれば、「やっぱり良いものは今でもちゃんと伝わるんだ」という自信の裏付けがあるのかもしれません。

 第5章「老いと死」で紹介されていた詩人の茨木のり子さんの「生前の死亡通知」は初めて読んで感動しました。

このたび私'06年2月17日クモ膜下出血にて この世におさらばすることになりました。 これは生前に書き置くものです。

私の意志で、葬儀・お別れ会は何もいたしません。
この家も当分の間、無人となりますゆえ、弔慰の品は
お花を含め、一切お送り下さいませんように。
返送の無礼を重ねるだけと存じますので。

「あの人も逝ったか」と一瞬、たったの一瞬
思い出して下さればそれで十分でございます。
あなたさまから頂いた長年にわたるあたたかな
おつきあいは、見えざる宝石のように、私の胸に
しまわれ、光芒を放ち、私の人生をどれほど豊かに
して下さいましたことか…。

深い感謝を捧げつつ、お別れの言葉に
代えさせて頂きます。

ありがとうございました。

  二〇〇六年三月吉日

 これに続く、長谷川さんの文章も詩ですね。

 《悲しさと寂しさをくぐりぬけることによってしか死者と精神的につながることができないのを不条理だというなら、自然と精神にまたがって生きる人間は、不条理を運命づけられた存在だというほかはない。そして、不条理の運命を根源的な力とすることによって、人間はゆたかな共同の精神世界を作りあげてきたというほかはない》(p.145)

 ヘーゲルのドイツ語を日本語化する過程での格闘を経て、その精神が結晶化されたような文章です。

 第6章。信者でなくても格安で泊めてくれるという天理教の詰所を拠点に、3月の終わりから4月の初めにかけて塾のOB・OGや友人知人たちと奈良・京都の仏事・仏像めぐりの旅をするというのが恒例の行事になっているというは初めて知りました。いいなぁ。こういう旅。

 《かつて、二十世紀は大衆芸術の時代だ、とか、二十世紀になって芸術は大衆に開かれたものなのだ、といった言い草を耳にしたが、もともと芸術は大衆のものであり、大衆にむかって開かれたものなのだ。それが歴史上のある時期、特権的な人たちのための特権的な作品となっていたとすれば、それは、芸術以外の政治的・社会的な力が働いて、開かれた芸術を閉じたものにしていたのである》(pp.165-167)という文章につながっていくところが、また、らしいのですが。

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