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July 08, 2007

『漢詩百首 日本語を豊かに』

Kansi_100

『漢詩百首 日本語を豊かに』高橋睦郎、中公新書

 ぼくは海外赴任する友人、知人などがいると、いつも『和漢朗詠集』をはなむけに贈ってきました。

 この弧状列島の豊かな言語を、時々でもいいから思い出してほしいし、異国の空の下、疲れて帰ってきて寝る前に、「わがせこに見せむと思ひし梅花それとも見えず雪のふれれば」とか「十月江南天気好し 憐れむべし冬の景の春に似て華しきことを」なんて読んでもらればいいんじゃないかとか、おせっかいにも思ったりしまして。

 たいして勉強しているわけではありませんが、個人的にも『和漢朗詠集』は高校生ぐらいから枕元においています。『和漢朗詠集』に納められている和歌だけでなく、漢詩の響きといいますか、日本人独自の読み下しの調べは、もう日本語の核のひとつだと思いますから。

 ということで、この『漢詩百首』は中国人60人、日本人40人の漢詩を100首集めて、しかも、全文ではなく、サワリといいますか、一番、調子のイイところを紹介した、東洋の歴史2500年で生まれたベストヒットのメドレーみたいな本。選者である詩人の高橋睦郎さんは、『敗戦の折、日本人一般の脳裏に浮かんだのは、人麻呂の和歌でも芭蕉の発句でもなく、杜甫の漢詩の一行、「国破れて山河在り」ではなかったろうか』とまえがきで書いていますが、漢詩の日本語に対する影響というものは本当に大きいものだと思いますし、副題の『日本語を豊かに』というのが、意図を語っています。

 楽しいのは、日本人の詩人はともかく、中国の詩人のチョイスには相当、心が砕れているところ。なにせ、一番最初が孔子。「逝く者は斯夫の如きか、昼夜を舎かず」(『論語』子罕)が収められているんですから。そういえば詩ですよね。この響き、調べは。

 次も荘子の胡蝶の夢ですし、ようやく陶淵明が来るのは11人目。もちろん、『和漢朗詠集』の伝統は生きていて杜甫と李白は一篇ずつ(当たり前ですがw)。まあ、一人一篇ということで白楽天もひとつにはなっています(『和漢朗詠集』では135篇!)。

 中国人のラストは毛沢東の「七律 答友人」(1961)の一節。「九巍山上、白雲飛び、帝子 風に乗って翠微に下る。班竹一枝 千滴の名涙、紅霞万朶、百重の衣」。確かに、こんなのを読むと、毛沢東といのは皇帝の気分だったんだろうな、と思います。

 正直、日本人の漢詩には、例えば西郷隆盛にしても、乃木希典にしても、ここまでのスケール感は出ないですね。不思議ですね。

 まあ、ともかく、この本も枕元に置く詩集のひとつになりました。サクッと読めるのがいいです。

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