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July 28, 2007

『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

Anya

『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』米原万里、角川書店

 一読、これは吉本ばななさんの『TUGUMI』のノンフィクション版だ、と感じました。著者が日本でいえば小学校高学年から中学2年生ぐらいまで通っていたプラハのソビエト学校で出会ったギリシア人、ルーマニア人、ユーゴスラビア人(細かくいえばボスニア・ムスリム)の3人の親友との交遊を振り返り、1989年以降の旧ソ連共産圏崩壊に伴う混乱の中で、安否を気遣い再会するまでの物語です。

 「リッツァの夢見た青空」「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」「白い都のヤスミンカ」の三作とも、構成は同じ。ソビエト学校(旧共産圏の〝アメリカン・スクール〟というか〝インターナショナル・スクール〟)での思い出、本人たちを探し出す旅、そして再会。

 父である米原昶氏は戦前からの共産党員で、戦争中は16年間も地下に潜っていたそうです(どうやって暮らしていたんでしょうかね)。終戦直後の共産党ブームに乗って衆議院議員にもなりますが、赤旗の編集を手がけながら当落を繰り返すうち、1959年に日本共産党代表として各国共産党の理論情報誌『平和と社会主義の諸問題』編集委員に選任され、編集局のあるプラハに赴任したというですな。当時、一家揃って渡欧するというのは、相当、珍しかったんじゃないでしょうか。ということで、米原万里さんは5年間、共産党幹部子弟御用達のソビエト学校に通うという、ほとんど、空前絶後の経験を積むことになります。

 この作品はいくつも素晴らしいところがありますが、個人的に最も感動したのは、50ヶ国もの国々からの共産党関係者の子弟が通っていたカオスのような学校の中で、気になる人物ができ、あるキッカケから心を通わせ、友人になるまでの小さな物語がハッとするぐらい瑞々しく描かれていること。たとえば「白い都のヤスミンカ」のp.202。

 「マリには、私と同じ種類の孤独を嗅ぎ付けたの」
 いきなりこちらの心臓を鷲掴みされて面喰った。やっとのことで聞き返した。
 「孤独?」
 「そう。どうしようもない孤立感」
 鷲掴みにされた心臓をヤースナは揺さぶる。そうだ。ヤースナの言うとおりだ。私がヤースナにたまらなく惹かれたのだって、ヤースナの孤高に対してだったのではないかと思えてきて、言葉に詰まった。
 ヤースナはなおもたたみかける。
 「学校通うの辛くない?」
 「分かる?」
 ヤースナは私から目をそらせるように横を向き、声を出さずに肯いた。

 ええな、と思います。純粋。許される純粋。はかなくも消え去る前の純粋さ。そして、それらはもう二度と取り戻せない世界の中で繰り広げられるわけです。ぼくの友人に、娘さんがフェリスに入って、入学式かなんかの時に、賛美歌を歌っているのを聞いて「思わず涙ぐんでしまった」と話していた友人がいます(彼も元左翼)。キリスト教と共産主義は組織も含めて似たようなものであると思っているのですが、当時、まだかろうじて信じられていたであろう「理想社会の建設」を信じていた少女たちが、孤独に耐えながら、共に生活していたんだ、ということが痛切に感じられます(もちろん、実は特権階級だけしか得られない環境ではあったのですが)。

 あらすじに関しては、未読の方がいらしたら、真っ白な状態で読んでいただきたいので、これ以上書くことはしません。

 亡命ギリシア人を父に持つリッツァは、その父がプラハの春弾圧に抗議して追放された後も、医者になるための勉強を続けることができたとか、チャウシェスク政権は崩壊しますがイリエスク政権もノーメンクラツーラはほとんど何も変わらなかったということや、ユーゴスラヴィアの特権階級はそれほど豪勢な暮らしをしていたわけではなかったということなども、あざやかに描きわけてくれます。

 まあ、とにかくお勧めです。つか、もしお読みでなかったら、ぜひ。

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