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June 08, 2007

『一六世紀文化革命 1』

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『一六世紀文化革命 1』山本義隆、みすず書房

 「これ以上、面白い新刊書を今年は読めないだろうな」と感じながら読む本が、時々あります。ごくたまに、竜頭蛇尾になったりする場合もありますが、これに限っては、2の途中まで読んで、そんなことはないとほぼ確信できます。

 ひと言でいえば『磁力と重力の発見』の続編のような本。問題意識としては、ルネサンスを生みだし、ドライブさせ、人類の歴史を「普遍としてのヨーロッパ」に向かわせたのは、文系の人文主義者や宗教改革者たちだけの仕事ではなく、世界は要素還元主義で把握できるし変革できるのだ、ということを証明していった実用数学の教育者や地位の低かった外科医(中世ではしばしば理髪師)、絵師、軍事技術者たちだったんだ、ということを、じっくり論証していった本です。

 この問題意識はいいじゃないですか。全共闘の委員長だったという過去のある地点からのイイ感じの一貫性を感じます。なにより本として素晴らしい。山本義隆さんは、やってくれています。さすが、一度は時代を背負った人でもあります(ぼくも文系でしたが浪人時代、駿台で一度だけ、物理の授業を聴講しました。ミーハーですなw)。大学に残っていれば、素粒子の研究者としての仕事の割合が多くなり、ぼくのような門外漢は一生無縁だったでしょうが、大学を去ってくれたおかげで、こうした誰も読んだことのないような科学史といいますか、科学史を含まなければ実は近代の歴史もないんだ、ということを教えてくれるとは、実にありがたいことです。もちろん、基礎物理学研究所にとどまっていれば、もっとすごい仕事をしていた可能性はあるのでしょうが。とにかく、個人的には『磁力と重力の発見』と『一六世紀文化革命』は、これを読んでしまったら、もう、そこで得られたパースペクティブを抜きに歴史を見ることはできないぐらいのインパクトを、少なくとも個人的に与えてくれました。

 しかも、こうした山本科学史も2冊目ということで、『磁力と重力の発見』ではややバランスを欠いているんじゃないかと思うほどに詳しく語られた魔術の部分などが意識的に押さえられているようで、読みやすくもなっているのもありがたいですね。

 さて、山本義隆さんの問題意識は「序章」を読めば一目瞭然。

 神学は、時には驚異的なジャンプや、深い思考をみせてくれることはあると個人的には感じているのですが、それに基づいた高等教育とともに、やはり大局的には《形式的で現実離れした論証技術を教育することで知の世界をむしろ窒息させていた》(p.5)といえると思います。しかも、初期の人文主義者は普遍的教養という概念を発明したかもしれませんが、中世神学にかわって与えたのは古代作家の倫理と修辞でした。しかし、一三世紀商業革命をきっかけとする実用数学の発展はやがて複式簿記を生み、世界の変化は数学的に把握できるものとして理解可能だし、そうであれば制御することも可能だ、という方向に世界を見る目を変化させていった、と(p.8)。

 ここは『磁力と重力の発見』にも関わってくるのですが、ギルバートの地球が巨大な磁石であるという発見は、職人による《磁針の北が水平より下を向くという「伏角」の発見とその測定》(p.10)に依拠しているというんですね。こうした職人たちは実は様々な場面で偉大な足跡を残すわけですが、その前に彼らは、機械的技芸は元来、奴隷の仕事である、という偏見とも闘わなければならなかったというんです(p.12-)。さらに、いまとなっては信じられないかもしれませんが、当時の《アカデミズムの世界では、実験や経験は認識手段としては低く見られていた》(p.17)というんですから驚きです。当時のアカデミズムは過去の権威あるテキストがすべての判断基準でしたから、実験や経験はしばしば、それと違った結果を出すために、軽蔑されていた、と。まさに神学的思考ですね。

 しかし、職人たちは、アカデミズムの公用語であるラテン語を捨て、各国の俗語で執筆することによって、知識の公開性をたかめ、多数の参加者を集めることも可能にしていくという方法論をとるんです(p.23-)。ここらはあたりは感動的ですな。ルネサンス期には人文主義者たちが復古的にラテン語文献を復元したり、ギリシア語の翻訳を行いましたが、それが爆発的な意味をもってくるのは、第二段階として俗語に訳された後だそうです。

 こうした積み重ねが《真理を追究すべき場所が「遠い過去」の「権威ある文献」から、日常的な生産実践と日々開けてゆく地球へと変》(p.27)えていったのでしょう。

 1章の「芸術家にはじまる」はレオナルドに多くのページが裂かれています。また、機械のパーツなどをわかりやすく描くための分解組立図や、内部を示すために一部を透明にした画家達の透明図が、こうしたものの普及に大きな役割を果たした、というのは素晴らしいな、と感じました。彼らは芸術家というよりも、まず正確に世界を対象化しようとした技術者なんですな。

 2章の「外科医の台頭と外科学の発展」は外科医が内科医から奴隷のように扱われていたというのには驚きました。そもそも、ラテン語圏の「外科」という単語は手仕事という意味のギリシア語からきているそうです。

 3章の「解剖学・植物学の図像表現」ではレオナルドの人体解剖図が詳しく解説されています。また、レオナルドが心筋梗塞で死んだ男性を解剖し、毛細血管を最初に詳しく観察した、というのはすごい話だな、と思いました(p.192)。

4章の「鉱山業・冶金術・試金法」と5章「商業数学と一六世紀数学革命」も後で付け足すかもしません。

 ちょっと先回りしますが、「2」の6章「軍事革命と機械学・力学の勃興」は最高です。

序章
1.芸術家にはじまる
2.外科医の台頭と外科学の発展
3.解剖学・植物学の図像表現
4.鉱山業・冶金術・試金法
5.商業数学と一六世紀数学革命

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