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May 25, 2007

『情と理 後藤田正晴回顧録〈下〉』

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『情と理 後藤田正晴回顧録〈下〉』後藤田正晴、伊藤隆、御厨貴、講談社、1998

 いろいろ読んではいるんですが、ちょっと仕事が忙しくなりまして、油断していると、飲んでばかりで書く気がなくなってしまいます。

 この後、続けて読んだ同じ「隆・貴コンビ」の『首相官邸の決断 内閣官房副長官石原信雄の2600日』で詳しいのですが、内閣官房長官あるいは副長官というのは、日本中の情報が組織的に集まってくる役職なんです。ハードなところでいえば、中曽根内閣から《外務省の情報調査局長、防衛庁(当時)の防衛局長、内閣内閣情報調査室長、それから公安調査庁次官》の合同情報会議が開かれるようになったといいます(ibid. p.146)。中曽根内閣からと石原さんが語っているのはワケがあって、それは旧ソ連による大韓航空機撃墜事件に発端があるんじゃいか、と。

 大韓航空機撃墜事件ではあろうことか、稚内で得た情報が最初に米軍に行くんですな。

 当時、後藤田官房長官は《自分の政府より外国政府(pata註:米国のこと)に情報を流すような防衛庁は要らんよと言った》(『情と理 後藤田正晴回顧録〈下〉』p.75)と防衛庁幹部をしかりつけたそうですが、さらに後年、「日本ははたして独立国なのか」とも思ったというんですね。

 ここら辺の感情は『関与と観察』中井久夫、みすず書房、2005の一節を思い起こさせます。《私の世代の男性は、敗戦の必然性を理解し、戦前の日本のエートスの多くを肯定できない一方、敗戦によって従属国家となったという去勢感情を押し殺してもいると私は思う》という心情に通じているというか。こうした去勢感情を押し殺して生きてきた父親たちに育てられ、父親に反抗するエディプス期を経験せずに大人になったせいか美しい国うんぬななんて恥ずかしい言葉を平気で言える御仁が増えたことが、いまの日本の悲劇なんでしょうかねぇ。どうなんでしょ。

 まあ、それはともかく。後藤田官房長官はちゃんと手をうちます。《だからあかんのだ。それを直させた。ルートも全部直させたんだけれどね》(ibid. p.76)と。

 後藤田さんの結論は俄然いいんです。それは《情報を取る分にはいいんですよ。弱い国は情報がなければならんのだから。謀略さえやらなければいいんだ》(p.77)というあたり。いいですね。日本を「弱い国」とする冷静な自己認識、「謀略さえやらなければいいんだ」という倫理観。いまの美しい国の内閣にはどちらも欠けているように感じるのはぼくだけでしょうか。

 同じように忘れられない政治家のいい話も聞けます。それは田中六助さん。《あの人は特攻隊の生き残りなんですよ。しかも健康も大変こわしておった。最後は目が見えなくなったんですから。そいうこともあったのかと思いますが、私が一番関心するのは、自分の人生は大東亜戦争で終わったんだと言っていたことです。あとは、僕もよく言うんだけれど、プレミア付きだ、といったような諦観、人生観を持っていたんではないかと思います》(p.91)。小泉首相が知覧で涙を流した映像が前の内閣の時にはよく流されましたが、田中六さんが生きていたら「ふざけんな、あんなにキレイごとじゃなかったんだ」と叱ったんじゃないでしょうかね。特攻錠(猫目錠)を使わされていたとかね。特攻隊の人たちの純粋さだけでなく、そうさせた上層部のどうしようもなさにも目を向けさせたと思うですがね。

 この後、靖国神社に関して《陸・海軍省と内務省の三者で管理運営されていたけど、運営の主導権は陸軍省が握っていたわけですよ》(p.95)というのは、さすが、陸軍入隊時、従七位高等官の二等兵だった内務官僚ならでは指摘です。

 これが後年の中曽根首相が靖国参拝をとりやめた時の「昨年実施した公式参拝は、過去における我が国の行為により多大の苦痛と損害を蒙った近隣諸国の国民の間に、そのような我が国の行為に責任を有するA級戦犯に対して礼拝したのではないかとの批判を生み、ひいては、我が国が様々な機会に表明してきた過般の戦争への反省とその上に立った平和友好への決意に対する誤解と不信さえ生まれるおそれがある」という官房長官談話につながっていくんじゃないですね。ちなみに、後藤田さんは、美しい国の首相の祖父である岸信介首相に関しても《戦犯容疑で囚われておった人が日本の内閣の首班になるというのは一体どうしたことかという率直な疑問を持ちました》(上巻、p.172)と語っています。

 いま、面と向かって、こうしたことが言いにくくなってきているのは、ぼくも「一体どうしたことか」と思わざるをえません。

[下巻]目次
第12章 政治家の運勢は一瞬の判断が将来に影響する
第13章 激しい党内抗争が教訓で「和の政治」を目指す
第14章 内閣発足当日まで応諾しなかった官房長官就任
第15章 省庁統合の難しさを痛感する
第16章 選挙制度と税制の改革に悪戦苦闘
第17章 緊急事態に縦割り行政の弊害
第18章 田中派の分裂から後継総裁指名までの真実
第19章 政治改革のうねりと世代交代の波
第20章 自衛隊派遣、死刑制度、検察人事に物申す
第21章 自民党政権の崩壊から連立政権への道程
第22章 改革が中途半端に終わることを何よりも恐れる

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